精霊顕る
「ちょ、ちょっと。ヤマトさん。ジャーキー貪ってる場合じゃないわよ」
__なんだ。
従者に手を伸ばしてジャーキーのおかわりをせがみながら、ヤマトはチラリと私に視線を流した。
邪魔するなとでも言いたそうだ。
「な、なにか聞こえたのよ。絶対聞こえた。ここ、お化けがいるわ」
信じられない。
神様だけじゃなくて、お化けもいるってゆーの。
しかもこんな昼間っから。
皆には聞こえたなかったのかしら。
みんなの様子を確認してみても、昼食の準備に忙しそうに動き回っているだけで、変わったところはない。
子供……みたいな声だった。
しかも複数。
ぞわり、と背中に悪寒が走る。
私は上を見たり後ろを見たり、右見て左見て、足元を見る。
いない。いないわよね?
こわっ、なんなのよ、ここ。
さっさと出発したい。
__お化け? なんの事だ。
「だから、子供みたいな声が聞こえたの。何人もいるみたいな感じで。笑ってたのよ……」
__ほぉう。
いや、ほぉう。じゃないって。
なにその余裕。自分が化け猫だからって。
もっと人の多い所に行こう。
そう思い立って、私は暖を取るのも兼ねて、焚き火が燃え上がる側まで行った。
オスカーさん達も側にいるし、ここなら少し安心出来る。
__お主、アレが見えるか。
「あれ?」
なんのこと?
ヤマトを見ると私の隣に佇み、焚き火をじっと見ていた。
そういえば、さっきも焚火の前にいたっけ。
見えるも何も。これが見えないなら盲目の少女と呼んで貰いたい。
「焚火の事を言ってるの? 誰にでも見えるでしょ、そんなの」
__よく見てみると良い。
私は眉を寄せて、とりあえず言われた通りに焚火を凝視してみた。
目の中に焚火の熱が滲みる。
一体、なんだってゆー……
「ん?」
気のせい、かしら。
なんか今、焚火の中に何か動き回るモノがいたような。
虫?
もう一度目を凝らす。
いた__
「何あれ……」
1匹……2匹……3匹……もう少しいる?
一見分かりづらい。
それの身体は焚火の炎と同じように炎で覆われていて、ゆらゆらと身に纏っている。
羽のようなモノも見えた。
__見えたか。あれは炎の精霊だ。人前に現れるとは珍しいな。
「炎の精霊?」
__器の子だよ。
__器の子だね。
__ねぇ、ねぇ、お父様の力を感じるね。
__うんうん。感じるね。
私は目を見開いた。
また喋った。よく分からないけど、喋った。
チラチラと私の方を見ながら、焚火の炎の中で飛び回り、くすくすと笑い合っている。
__お父様? ああ、そうか。分かったぞ。それで、お主の前に現れたのだな。
ヤマトが一人で納得したように頷いていたけど、私はこの精霊さんに目が釘付けだった。
こんなの見たら、ヤマトが普通に思える。
__覚えておるか。お主と初めて砂漠で会った時の事だ。
色々あり過ぎて忘れたわよ。
__お主に我との繋がりを求めた時の事だ。
あの時、お主は自分の生まれた日付を申したであろう。
そう言えばそんな事があった。
気合の入れた自己紹介をしたんだった。
__あの時。我は繋がりを持つと共に、紅蓮の神ダグヴァの祝福を求めた。
薄らと思い出して来た。
なんだかよく分からないけど、良さそうだと思って喜んだんだわ。
__紅蓮の神ダグヴァは、古より8月の暦を司る者であり、また炎の加護を持つ高位の神でもある。この炎の精霊は、その眷属に当たるのだ。
眷属。
確か神々の後釜、そう思っていたけど、お父様、なんて呼ぶのだから、子供みたいなモノなのかしら。
__お主に与えたダグヴァの祝福の力に引き寄せられて、姿を現したのだろう。
「へぇ……」
精霊ってどんなものかと思ってたら、どっちかというと妖精のイメージに近い。
私は楽しそうに炎の中を飛び回る炎の精霊を見つめる。
__ねぇねぇ。君は器の子でしょう?
__そうでしょう? そうでしょう?
器の子? 意味が分からない。
どう答えようか悩んだ私の代わりに、ヤマトが答えた。
__炎の精霊達よ、この者は巫女の器である。紅蓮の神ダグヴァの祝福を受けた者なり。眷属たる精霊達よ。御身の御力をこの娘に与え給え。
抱き抱えたヤマトの身体が、ぶわりと目に見えない力に包まれた気がした。
__僕達の力が欲しいの?
__器の子。僕達の力が欲しいかい?
__求めよ。
__求めよ。
__求めよ。然らば与えられん。
炎の精霊達が飛び回るのを止め、一斉に私を振り返った。
求めよ、求めよと、何度も同じ言葉を繰り返す。
__アスカ。我の言葉に続け。
そう言うと、ヤマトは私の腕の中で身動ぎをして飛び降りた。ヤマトの瞳の中に炎の精霊が映る。
ヤマトの声が頭に響く。それは脳の奥を刺激し、麻痺させる。ぼんやりとする頭の中で聞こえるヤマトの声に呼応して、私の唇が動いた。
それは、無意識に私の中から引き出されるようで、自分の声とは思えない、そんな響きをもって。
『永劫の時より来たりし幾千の神々よ
我が魂に宿る総てのもの達よ
御身に祈り捧げることを赦し給え
我が声に応え給え
炎の神ダグヴァの眷属たる精霊達よ
今此処に御身の御力を我に与え賜らん』
__いいよ。
__いいよ。
__君に力をあげる。
__これからは、ずっと僕達と一緒。
ふふふふ……精霊達が笑った。
同時に、キラキラと紅く煌めく何かが頭上から降り注いだ。
「おい……ありゃあ、なんだ」
側にいた従者の一人がそれに気付いて声を上げた。皆がその言葉に振り返る。
「アスカ……?」
「巫女様……」
ゆっくりと舞い落ちる紅い輝きは、私の身体を包み込み、ふわりと私の中に溶けた。
私は茫然として、その場に立ち尽くした。




