出発
翌朝。
私達は城門前へと来ていた。
結果的に他の遠征コック達と同じく城を発つハメになった私に、昨日のライザーとの一連の会話を聞いていたキッシュが気を利かせて、おにぎりを持たせてくれた。
ありがとう、お母さん。
そう言ったら、誰がお母さんだ! と怒鳴られた。
ちゃんとロウェル爺ちゃんとミズノ婆ちゃんにも別れのお手紙を書いて渡して来た。
『旅に出ます。探さないで下さい』
一度、書いてみたかったのよね。
彼らがそれを読んで、何を思ったかは知る由もない。
ユリウスとライザーには会いたくなかったので、挨拶もせずにそのまま来た。
もちろん、トキとミカンも一緒にいる。
ミカンは私のお付きの侍女なので、こういう事にも付き添うのだそう。
ただし、一応城内では巫女扱いされているので護衛が付いた。護衛役はオスカーさんとテオの2名。
私が巫女である事は公に公表されていないので、あまり仰々しく護衛を付けられないのだとライザーは語った。
城門前には、多くの領主一行の人だかりが出来ていた。馬車に荷物を乗せたり、互いに握手を交わしたり、それぞれが公布状を手にし、領地へと戻る準備をしている。
その人だかりの中から、まるっと太ったおじさんが、小走りでこちらに向かって走り寄って来た。
「おお! アスカ殿! おはようございます。
ご挨拶申し上げます。私がサワナ領主。
モルモット・サワナで御座います。
お見知り置きを。
この度は我が領地へわざわざお越し下さるそうで、感激の極みに御座います!」
そう言って胸に手を当てて恭しく頭を下げた。
え? モルモット触んな?
なんて面白い名前。
確かにちょっとハムスターぽい顔してる。
「おはようございます。大変面白いお名前ですね。きっとすぐ覚えます。旅には不慣れですので、宜しくお願いしますね」
ニッコリ笑ってそう言うと、モルモットは照れ笑いを返した。
貧窮で廃れた国だと言うのに、モルモットのお腹はでっぷりとして樽のように丸い。
手足も短く、転ばせたらどこまでも転がっていきそうな体型をしている。
サワナ領主はよほど儲かっているようね。
出来れば私もサワナで一稼ぎしたい。
「サワナまでは一週間ほど掛かります。
長旅になりますから、どうかあまり無理をなさらないように。しかし、安心なさって下さい! 我々には馬車がありますからなっ!」
「馬車?」
サワナ領主の一団を見ると、確かにそこには馬車があった。しかも、二台。
随分と大所帯で来たみたい。
誰が乗ってるかしら、あそこ。
「あの馬車は既に空いておりますから、ぜひお乗りになって下さい。そちらの侍女の方もご一緒で構いませんぞ」
「空いてる? 空馬車で来られたんですか?」
「いやいや! 来る時は大豆を積んでおったのですよ。来る途中に商売がてら納品して来たのです」
「なるほど」
それで今はもう空なのね。
ラッキー! 馬に乗るのは楽しいけど、出来ればゆっくりしたいもんね!
「あの、この子も一緒でも構いませんか?」
そう言ってトキを呼び寄せて肩に手を乗せる。
トキを見たモルモットの目つきが、一瞬冷ややかなものになるのを私は見逃さなかった。
ああ、これ嫌がってる。
なんて器の小さい男なの、モルモット。
黙って大豆でも食べてなさい。
「その子供は?」
一度でうんとは言わずにモルモットは問いかけた。だけどいくらモルモットが嫌がろうと引く訳にいかない。トキは乗馬出来ないんだから。
「この子は私が面倒を見ている者です。その為にこの旅にも同行させました。この子は馬に乗れませんから、是非ご一緒に……」
「俺、馬に乗れる」
なんとかモルモットを納得させようとゴネかけた私の横からボソッとトキの声が聞こえた。
思わず隣に立つトキを瞬きしながら見つめる。
なんでしょう、最近耳の調子が悪い。
「トキ、今なんて言ったの?」
「俺、もう馬に乗れる」
トキのつぶらな瞳がじっと私を見上げて、今度はキッパリと声を張ってそう言った。
馬に乗れる?
だって、集落から来た時は乗れないって……
「俺が教えたんだ」
思わず言葉を失った私を面白がるように笑って、そう言ったのはテオだった。
「テオが? いつ」
「城に着いてからすぐ。トキに頼まれたんだ。馬の乗り方教えて欲しいって。こいつ、勘が良くてさ。教えたらすぐ乗れたんだぜ」
「そうなの? トキ」
そう問いかけると、トキは黙って頷いた。
「一緒に乗って……またアスカが落ちたら大変だから」
「……そう」
そう、ね。
私の黒歴史が瞬時にカムバックした。
あれが、トキの成長に繋がったのだと考えよう。そうそう、こうなると思ってわざと落馬したのよね、私。あははは!
「分かったわ。じゃあ、トキは馬で良いのね?」
そう問いかけるとトキは真顔でこくり、と頷いた。
本当に大丈夫なのかしら。
不安気にトキを見つめると、その視線に気が付いたオスカーさんが私に声をかける。
「心配するな。私も何度か練習を見た。トキは落馬などしない。大丈夫だ」
「オスカーさんがそう言うなら……でも馬での長旅は初めてでしょう。疲れたら言うのよ、分かった?」
そう言い聞かせると、トキはこくりと頷いた。
「話は決まったようですな! では、アスカ殿とお付きの方は此方へ。さあさあ、足元にお気を付けて」
グイグイと馬車まで押されて、私達はモルモットの手を借りて馬車に乗り込んだ。
ヤマトがひょいっと一人で馬車に乗り込む。
馬車の後方には乗馬したオスカーさん、テオ、トキが並ぶ。
「では、出発致しましょう!」
上機嫌に声を弾ませ、モルモット君は前の馬車に乗り込むと出発の合図を発した。
ガタリと車輪が動き出す。その衝撃に耐えようと慌ててミカンにしがみついた。
「巫女様は馬車は初めてなのですか?」
「そうね。初めてだわ。御者の真似はした事があるけど、荷台に乗り込んだのは初めてだわ」
荷台には当然の如く椅子もなければクッションもなかった。
板の上に直座りだから、すぐにお尻が痛くなりそう。
ガタガタと車輪の音を鳴らせながら馬車は城門を潜り抜け、呉服屋の前を通過し、豆腐屋の前を通り過ぎる。
次々と流れ行く景色を見ながら、こんな場所で結構色んな人と出逢ったんだなぁ、としんみりしてしまう。
そんな事を思いふけっているうちに、馬車は関所に到着し、私がリバースしたトイレが見えた。
ああ、あの節は大変お世話になりました。
私はトイレに向かってぺこりと頭を下げた。
__当主に頭を下げずに、トイレに頭を下げるとは。
うるさい。
感謝すればこそ、である。
私の中ではユリウスより、あのトイレの方が格上なのだ。
「思い出すよなあ! あのトイレ」
テオが笑いながらトイレを見る。
ほらね、みんなにとっても思い出深い場所なんだから。私はあのトイレには神様が住んでいると思っている。
「あら? 前来た道と違うんじゃない?」
ふと、道が逸れた事に気が付いた。
馬車が道を折れた。前は砂漠からひたすら真っ直ぐ来たと思ったんだけど。
「サワナに行くには此方の方が近い。ヴァルファ森林経由では遠回りだ」
オスカーさんが説明してくれる。
それなら今度こそ、色々な町を見る事が出来るかもしれない。
お母さんと仕事柄色々な場所に行ったけど、私も旅行は大好きだ。少し楽しみが増えた。
気分が上がった私はキッシュが作ってくれたおにぎりにかぶり付いた。




