金の弱み
「サワナぁ??」
思いがけないライザーのセリフに私とキッシュの視線がぶつかる。
キッシュまで素っ頓狂な声を上げて目を丸くした。
え? え? なんでサワナ?
「これから先、おから料理を広げる為にも、サワナの協力は絶対不可欠となる。
それ故にサワナへ赴き、サワナで大豆を作る民と領主一族に挨拶をして来て貰いたいのだ。考案者の朱鳥殿が赴けば、サワナも協力を惜しむまい。
丁度サワナの領主はこの城に滞在している。明日の朝サワナへ帰還するそうだから、一緒に向かうと良い」
「はああ? ちょっと待って。何勝手に決めてるのよ。別に私じゃなくたって良いでしょう?この国の大使とか、それで良いじゃないの。
私は早く精霊の泉に行かなきゃならないのよ。それは貴方達も望んでた事じゃないの。
今回たまたま、おから料理を提案しただけで、それを宣伝して領地回るなんて、ごめんよ」
急に何を言うの、この人。
集計を手伝ってもらった時のライザーへの評価が急降下する。
私はさっさと千年巫女に会わなきゃいけないっていうのに!
「其方の連れ、トキと言ったな。あの者はどうするつもりだ」
トキ?
急にトキの名前を出されて、私は眉を寄せる。どことなしか、嫌な予感がした。
「一緒に連れて行くわよ」
「長旅になるが、資金はどうするつもりなのだ」
し、資金?
痛い所を突かれた。
そこは、現在私の急所である。
なんたって、私にはお金がない。
「ユリウスが、出してくれるんでしょう」
「そうもいくまい。この度のおから料理の遠征には、少なからず費用が掛かる。公布を広げるにも費用は掛かるのだ。
其方を巫女にする為に、協力は惜しまん。
しかし、初めから言っていたはずだ。ここには、あのトキという子供を養う余裕などないのだとな。其方が面倒を見るという話だっただろう」
「ええ、聞いてたわよ。そう言ったわ」
「トキという子供と、其方を巫女にする為の支援は全く別物だという事だ。
あの子供は、この食堂で共に飯を食べているようだが、もちろんそれも請求させて貰う」
はあ!?
何それ、詐欺よ! 詐欺師がいるわっ!
そんなの聞いてないっ!
「其方が面倒を見るのだろう。責任を持って支払うのだな。期日は月末だ。それまでには準備せよ。
ああ、それと、精霊の泉に行く際にも我々はトキという子供には一切援助はしないし、食費を払う人間がここにいないのなら、城からも追い出す。
その事を心に留めておくように。ではな」
私は目をまん丸くして放心した。
げ、月末って、あと一週間くらいしかないじゃないの。
大体、おから料理店は無料配布が終わった後じゃないと出しても意味ないし、お金も入らない。
どうしよう。
去り行くライザーの背中を見つめながら考える。
お金、お金……ミカンから借りる?
いや、それがバレたらまたどうせ請求される。
婆ちゃんと爺ちゃんに借りる……
だから! そもそもこの城の人間に借りたらバレるって。
あのライザーの事よ、きっとお金を貸せと頼まれても貸すなとか触れ回ってるに違いない。
「待って!!」
考えが纏まらない内に、ライザーを呼び止める。
「お金は必ず支払うわ! だから……三ヶ月先まで待って欲しいの。そうしたら、必ず払う!」
「ならん。国の経費や財政は私が執り行っている。先延ばしなど、あり得ん」
くっ! なんてケチくさいのかしら!
たかだか三ヶ月じゃないのよっ!
「じゃあ、貸して頂戴! 貴方から借りるわ! おから料理店から収入が入ったら返す! それで、良いでしょう!?」
くっ、この立花朱鳥が、他人からお金を借りるなんて……涙が出ちゃいそうよっ。
これもダメなら、次はなんて言おう。
そう頭の中をフル回転した時だった。
ピタリと去り行くライザーがその歩みを止めた。
「良いだろう。私から、今月分の食費と、そして精霊の泉に行く時にも、トキの食費を援助してやる」
その言葉を聞いて、私は思わずライザーの背中を凝視して固まった。口調は淡々として感情を感じられない。
だけど目の前に突然美味しい餌を吊り下げられたその気分に、私の中のこの人危ないアンテナが、猛烈な勢いで警報を鳴らしている。
「その代わり。サワナに行って領主一族に挨拶してくるのだ。良いな。さすれば、返金もいらん」
待っていた。
そう直感した。
私がそう言うのを、ライザーは待っていた。
私はギリギリと歯を食いしばりながら、再び歩み出したライザーの背中を睨みつける。
背中越しに、薄らとしたライザーの笑みが見えるようだった。




