調印式
一同がライザーの言葉に表情を引き締めた。
徴税ちゃんとしないとお咎めがあるよ、と言うその言葉が実に重かったのだろう。
この世界の『お咎め』がどんな物なのかは知らないけど。
これで公布は無事に終わったと、肩の力を抜いた時だった。
ライザーの言葉が再びホールに響き渡る。
「それらの内容をここに公布すると共に、皆の前で調印式を執り行う事とする。その内容は、おから料理と大豆料理の権利を立花朱鳥殿が有する事。そしてそれらの料理に関し、朱鳥殿と国に対し課税を課す事を誓約する物である」
思わず皮肉げに口角が吊り上がる。
してやられた、そう思ったから。
これは間違いなく私とユリウスが交わす契約を国に利用された。
内容は間違いない。
しかしそれを領主一同が集まるこの場所で、わざわざ調印式なんて大そうな見世物として行うのだ。
決して後からまったは掛けられない。
それに個人的な契約として交わすのならばともかく、調印式はユリウスとではなく、国として契約を成す物。
つまりユリウスが代替わりし、違う当主になろうと、この調印があれば未来永劫この契約は効力を持つ。
それを確実とする為の調印式だ。
あの胡散臭い笑顔の下にある、当主としての狡猾な手腕が見て取れる。
ユリウスは課税率が決まったら契約書を発行すると言ったけど、法案が纏まったと聞いた後もユリウスからのお呼び出しはなかった。
きっと最初からこうするつもりだったんでしょう。
嵌められたようで気分が悪いけど、断る理由もない。
「立花朱鳥殿。壇上へ」
ライザーに促されてミカンの手を取ろうとしたら、反対側から手が差し出された。
見れば、ライザーの部下君だった。
ちらりとミカンに視線を送るとそれで良いと頷きを返した。
私も無言で頷きを返し、部下君の手を取る。
「貴方をエスコートする権利を与えて頂き、光栄です」
部下君が囁くように小さな声でそう伝える。
私はありがとう、とだけ答えた。
ゆっくりと壇上に上がると、豪華なテーブルが準備され、その上に誓約書が一枚置かれているのが目に入る。
「確認を」
ユリウスから促されて内容を確認する。
真面目な顔で確認したフリをした。
だって何が書いてあるのか分からなかったんだもん。
この世界の文字、まだ覚えてないし。
だから私は笑顔でユリウスに腕を伸ばし、抱きついた。
皆には感激の抱擁とでも思われたかもしれない。柔らかな金髪を頬に感じながら、受け止める彼の耳元でそっと囁く。
「日本語で書き直した物を後から準備して頂戴。この誓約書の内容に嘘偽りがあったら、全部バラして刺し殺してやるから」
ふっ、とユリウスが小さく笑った。
「勿論だ」
私達は笑顔で身体を離した。
それを見計らって、ライザーが私にごっつい印鑑を手渡す。
ひっくり返して見てみると、なんと漢字で立花朱鳥の文字が彫られていた。
いつの間に作ったのよ、こんなもの。
本当に恐れ入るわね。
「では、調印を」
ライザーの言葉にお互いに頷き、初めにユリウスが署名し、続けて私が署名する。
ユリウスが印を押し、私も押す。
ライザーが署名と調印を終えたその紙を手に取り、高らかに掲げる。
「此処に調印は成った。この場にいる者は拍手を以て承認せよ」
領主達を初め、大臣閣僚、騎士から盛大な拍手が送られた。
私とユリウスはまったく笑っていない視線を交わしながら、顔にだけは笑顔を浮かべて、握手を交わした。
その後、その場は解散となり、それぞれが帰宅準備を始める中、ライザーの部下君が私を迎えに訪れた。
彼の後を付いてやって来たのは、執務室だった。
「ヤマト、あなたに頼みたい事があるわ」
__なんだ。
「それはね……」
部下君が扉の前で立ち止まり、コンコンとノックを鳴らす。
「立花朱鳥様をお連れ致しました」
「入れ」
中から短く返事が返され、扉が開かれる。
そこには相変わらずのユリウスとライザーコンビの姿があった。
大して広い部屋ではないが、ユリウスの自室と同じようにロココ調のテーブルと椅子がある。
私達が中に入ると部下君は下がり、三人と一匹になる。
「頼まれていた物が出来た。確認してくれ」
椅子に腰掛けてすらりとした足を組み、テーブルの上でで両手を組み合わせてユリウスがそう告げた。
私は真っすぐ進んでそのテーブルの上にある誓約書日本語バージョンを手に取る。
内容は調印式の時にライザーが言ったのと、ほぼ変わりない。
ほぼ、と言うのはそこに課税率が明記されていたからだった。
「売り上げの10%に相当する。その内容に問題はあるか?」
10%……計算は弱いのよねえ。だから丸投げしたんだし。
まあ、お金が入ればなんだっていいわ。見れば国へ入る課税も10%だった。
同額なら問題ないでしょうと思う事にした。
「これで結構よ」
「印鑑は持って来たか」
「勿論」
あの調印式の後、私はあのでっかい印鑑をユリウスからプレゼントされた。
確かに高そうだし、これから先も、もしかしたら使うタイミングがあるかもしれない。
でも、ユリウスに期待してるわけじゃないけど、初めてのプレゼントがどでかい印鑑なんて笑える。
「ではここに署名と捺印を」
「待って」
ユリウスの言葉を遮って、私はヤマトを抱き上げた。
「調印には第三者の承認が必要でしょう?……ヤマト」
そう言ってヤマトを抱き上げたその手をそっと離す。
そのままヤマトはふわりとその身を宙へと固定させた。
爺ちゃんの講義の時のように、金色の瞳の中にある紅い瞳孔が、すっと縦に伸びる。
あの時と違うのは、ささやかな威圧を放っている事だ。
ずんと空気が重くなるのを感じる。
二人は敏感にそれを察知し、途端に表情を強張らせた。
__お主らの契約、我が見届ける。人間共の間で成された契約など無意味。我が神々に代わり、この契約を承認するものとする。互いに嘘偽りなく、この誓約を全うすると誓うか。
外部から届くヤマトの声。
お腹の底が冷えるような声色で執務室に響き渡る。
「誓うわ」
私は答える。
こくり、とユリウスの喉が鳴った。
「神々の名に於いて、誓う」
__その証を書き記すが良い。
私は机から万年筆を取って、署名をした。
さあ、どうぞ。そう言ってユリウスにも手渡す。
額に薄らと汗を滲ませながら、彼も署名をした。続いて私が印を押し、ユリウスが印を押す。
__この誓約、我が名を以て此処に承認する事とする。嘘偽りがあれば、神々の制裁があると心得よ。
それは、謁見の間で行われた調印式より、ずっと確かで誓約の重みを感じる、緊張感溢れる調印式が執務室という空間にたった三人と一匹で行われた瞬間だった。
場は静まり返り、私は空中浮遊するヤマトを再び抱いて腕の中へと戻す。
「それでは、これは私が預りますね。ごきげんよう」
ユリウスとライザーが脂汗を流し、強張った表情でいる中、笑顔でそう言って誓約書を手に取り、私は執務室を後にしたのだった。




