立花朱鳥来場
朝食を終えて皆と別れると、食堂前には長蛇の列が出来ていた。
今日は公布がある。その為早く朝食を済ませようと押しかけていた人の列だった。
「何時からだったかしら」
「10時です、巫女様」
ミカンの返事に頷く。
公布の場には、おから料理の考案者として、私も参加しなければならなかった。
トキは残念ながらお留守番だ。
それは、私達が自室に戻ろうとした時だった。
「おから料理? なんですか、それは」
「おや、御存知ないのですか?あなた様も早めに到着されていれば宜しかったのに、残念ですなあ」
「ははははは。私はしっかり楽しみましたぞ」
「高コスト部門の一位は我が領のコックでしてな……」
開始を待つ領主たちの話声が耳に入る。
それを聞いてミカンが耳打ちをする。
「ふふっ、良い宣伝になったようですね。さすが巫女様です」
「そうみたいね。良かったわ」
そして10時、謁見の間。
壁際には、騎士団が等間隔で並んで警備体制を取り、その手前、両サイドには大臣閣僚が胸元に沢山の勲章を下げて厳しい顔つきで立ち並んでいた。
玉座……とでも言うのか、壇上にあるユリウスが腰掛ける椅子の正面には招集された領主達が整列している。
窓にはレースをふんだんにあしらったドレープカーテンが付けられ、シャンデリアはキラキラと輝きを増して、天井からは深紅の幕が何重にもなって垂れ下がっていた。
「なんじゃこれ……」
あまりにも普段と様変わりしたその内装に思わず言葉が漏れてしまう。
「侍女長様が大変頑張られました」
ミカンが胸を張って答えた。
侍女長……いつもこうしててくれればいいのに……
そうしてくれたら、ユリウスだってもうちょっと偉そうに見えたかもしれない……ないか。ないな。
「では巫女様。心の準備は宜しいですか?」
「ええ」
人前に出るのは慣れている。
今更緊張するほど、柔ではなくってよ。
「では、参りましょう」
ミカンが謁見の間の入り口に立つ騎士に、私が来たことを告げると、騎士はホールにいる者に向かって張りのある声で私の名を呼んだ。
「立花朱鳥様、御来場!」
わざわざこんな目立つ入場の仕方しなくても良いと思ったけど、一応おから料理の発案者として出席する以上は名を上げよ、とのライザーの指示らしい。
騎士が声高らかに私の名を呼ぶと、一斉に皆が振り返った。
「なんと……」
誰が、そう呟いたのか。
整列していた閣僚達は道を開けるように自然と左右に別れた。
私はミカンの手を取り、真っ直ぐに歩み出る。
私服で別に構わないんじゃないかと思ったけど、婆ちゃんに止められて説教まで食らうハメになった。
国内の要職を全て招集した公布の場。そこに参加する以上は正装でなければならないと。
時見の巫女と同郷である事を考慮して、婆ちゃんはずっと前から呉服屋の女将と相談してこの日の為に私の衣装を決めていた。
黒地に熨斗柄の豪華な着物。
赤地に金糸で豪華に飾られた帯。
金で作られた簪は、バランス良く差し込まれ、私の黒髪に良く映える。
もちろん、衣装に合うように化粧も施した。
いつもの簡易的な着付けではなく、一から十まできちんと纏ったその着物は、それだけでも存在感が溢れる。
その横を黒猫がスタスタと歩いている事は誰の目にも止まっていないようだった。
こういう服を着るとなぜか燃えるわ。
服に着せられている、と思われるのだけは嫌なのよね。
私は正面から視線を外さない。
背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見つめ、堂々と優雅に歩く。
たまにすれ違ったひとに視線を流して、笑みを向ける。
その場の人間の視線は、全て私に釘付けだった。
頂きました、お母さん!
お母さんがいたら、きっと褒めてくれたに違いない。
「おお……」
すれ違う人々が、夢に浮かれたように溜息を漏らす。
この快感。
それがより私を生き生きとさせる。
大股にならないように小幅でゆっくりとゆっくりと前へ進み、途中でオスカーさんを見つけて微笑んだ。
そのまま壇上前まで進み出て、右へ折れる。
そこにはライザーと部下君がいる。
二人は目を見開いて私を見つめていた。
にっこりと笑い、目を伏せて二人に小さく会釈してから、私はその列へと静かに身を連ねた。
隣に立つ部下君の喉がゴクリ、と鳴ったのが聞こえる。
「アイゼン国御当主、ユリウス・アイゼン・ブラックウェル様御登場!」
騎士の高らかな声に、皆ハッとして我に返る。
途端に視線が霧散し、壇上へと注がれた。




