あれの正体
私はユリウスの自室から退室し、転移陣を抜けて廊下に立っていた。
側にはユリウスから、部屋まで送れと命令されたあの案内係の男の人がいる。
私は色々と叫びたくなる心を落ち着けながら、後に続いて部屋まで戻って来た。
「美しいお嬢様をご案内できて、光栄でした。また機会があれば、私をご指名下さい。それでは、良い夜を」
そう言って、彼は立ち去った。
では。
「あっ! 巫女様、お帰りになられたのですね。お疲れになられたでしょう? お部屋に……」
ミカンがひょいっと部屋から顔を出して何か言った。
その頃には私は着物を捲り上げて、食堂に向かってダッシュしていたのだった。
____お主! その様な格好で、走るでない!
ヤマトが婆ちゃんみたいな事を言う。
____転んだらどうするのだっ! この愚か者が!
転んだら、起きる。それだけよ。
慣れた道を爆走し、すれ違った者は何事かと振り返った。
食堂には既に誰もいなかった。
けど、厨房に明かりが灯っているのが見える。
「たのもーーーーっ!!」
「おわっ!? 誰だよっ! なんだ、誰だ、あんたっ」
キッシュがいた。
手にしていた野菜をボトリ、と落として仰天して叫ぶ。
誰だよって失礼ね、私とキッシュの仲じゃないの。
「私よ」
「はあっ?」
「だから、私よ」
「どこの私さんだよ」
オレオレ詐欺のような会話をして、いつまでもキッシュが胡散臭い目で見るもんだから、若干イラッとして答える。
「朱鳥よ。立花朱鳥。大飯食らいの朱鳥様よ!」
「アスカ……アスカって、あの大飯食らいの嬢ちゃんかっ!?」
目をまん丸くして、口をあんぐり開けてキッシュは放心した。
「そうよっ。ちょっと調べたい事があって。あ、そう言えば。あのソースすんごく美味しかったわ。明日の朝の目玉焼きにあのソース付けてね」
あのドロドロの正体を調べないといけない。
驚愕に言葉を失っているキッシュの隣をすり抜け、足を踏み込もうとした私の肩を、ガシッと掴む手があった。
「はぁはぁはぁ……み、巫女様……っ!」
「あら。ミカンじゃない。どうしたの?」
随分と息が荒い。眉を寄せた私の両肩をガシッと掴んでミカンは私を睨みつけた。
あら、可愛い顔が台無し。
「その様な格好で、廊下をあのような勢いで走ってはいけません! その格好で厨房にお入りになるおつもりですか!? このミカン、絶対に許しませんよっ!」
「ええ〜」
走って追いかけて来たのかしら。
大変だったわね、ミカン。
「でも、服これしかないし……」
「一度お部屋にお戻り下さい! 厨房に来ると分かっていれば、私服もお持ち致しましたのに!追い付くのに必死で……」
「大丈夫よ。汚さないから。ね?」
「なりません! それはミズノ様があつらえて下さった貴重なお着物なのです。それをこのような所で。絶対になりません!」
珍しく頑なだ。困ったわ、どうしよう。
むーんと眉を寄せてミカンを見つめると、キッシュがやれやれと、声をかけた。
「なあ。俺の服でよけりゃ、あるぜ。着るか?」
「本当!? 着る。着るわ!!」
気の利く男、キッシュ。
私は心にその名を刻んだ。
キッシュが貸してくれたのは、コックコートだった。
私より体格の良いキッシュの上着はぶかぶかで、丈も長い。
試しに着てみると、膝上くらいまであった。
ズボンも履いてみたけど、ウェスト周りのサイズが違いすぎて、すとん、と床に落ちた。
コートだけでいっか。
ワンピースだと思えば、問題ない。
私はコートだけを羽織って、厨房の中へと入った。
その格好を見てまたもやキッシュが言葉を失って立ち尽くしていたが、もう妥協するつもりはなかった。
ズカズカと奥へ進み、材料があった場所を見渡す。
これじゃない、これでもない、これも違う……
そして、私はついに見つけた。
そこにあったもの、それは。
「おまえだったのね」
長芋。つまり、トロロだった。
トロロがこの世界にあったとは。
どうりで、ドロドロしたタネのわりに、食感がふわふわしたわけだわ。
もうちょっと材料の量を上手く配分すれば、あれより美味しくなる。
そしたら、お好み焼屋さんが出来るじゃないの。
____お主、最近その悪そうな笑みをよく浮かべるな。
ヤマトの声が響く。
だけど私の頭の中は、お好み焼屋さんの出店の事で一杯だった。




