TPO
トキの将来に若干の不安を抱きながらも、私は部屋へと戻って来てしまった。部屋の前ではミカンが、そわそわしながら私を待っていた。
「巫女様!」
「お前が、アスカ殿のお付きの者か。急ぎ支度を整えよ」
男はそう言って、私に道を開ける。
こちらへ、とミカンに促されて自室に入ると、そこにはハンガーに掛けられたドレスがあった。
ど、ドレス……
なんの冗談なのかしら。
ドレス着てあの豆ご飯食べろって言うの?
ドロドロの正体は分からないけど、他は味噌も使ってるし、豆ご飯なのよ。つまり、和食よ。
和食をこの煌びやかなドレスで食べろと。想像したら、笑いが出そうだった。
世の中にはTPOってものがあるのよ。ここは、モデルとしても、そんな場違いな服を着るわけには絶対にいかない。
「ミカン。行くわよ」
ドレスには目もくれず、私は部屋を出る。
私服のまま、廊下に飛び出した私に外で待っていた男は仰天した。
「どこへ行く!」
「隣です」
一言そう言って、私は隣の部屋、すなわち婆ちゃんの部屋に乗り込んだ。
ぴしゃん! 勢いよく障子を開けると、婆ちゃんが目を丸くして硬直した。
「み、巫女殿? 何用じゃ、そのような形相をして……」
「婆ちゃん! 着物着るから手伝って。ミカンも! あなたは外で待ってて」
そう言って男を廊下に追い出し、ミカンを引き込んで、私はさっさと着物を選ぶ。
なんでも良いけど、あんまり派手すぎるのは、食事の場には相応しくない。
あ、これなんか丁度いいわ。
「ユリウスとご飯食べるの。婆ちゃん、これなんかどう?」
「御当主様と? 着物を着て食事を摂るのか? ならば、もう少し……こちらの方が良いじゃろう。ミカン、お主はそっちから帯を持って参るのじゃ」
二人の協力を得て、私達は大急ぎで身支度を整えた。
ユリウスと食べるって言ったら、婆ちゃんは簪まで取り出して、ミカンは化粧までし始める。
そんなに着飾る必要あるかしら。だって、ユリウスだよ?
でも、その化粧のタイミングで、私はミカンの手を止めた。
こっちの化粧品はよく分からないし、慣れてる物を使った方がいい。
「ミカン、私の部屋からあの大きなカバン持って来て頂戴」
ミカンは頷くと、すぐに取って来てくれた。
もちろんその中から手にした物は、しばらく使っていなかった化粧ポーチだ。
なんせこの世界に来た時からスッピンだったし、砂まみれになるわ、煤は被るわで、風呂上りのスッピンのままでユリウスと対面してしまったし。
それを良い事に、私はこの世界に来てから一度も化粧をしていなかった。
久しぶりにポーチを取り出して、私は手早に化粧を始める。
しかし、化粧に手を抜くつもりはない。
やるからには、徹底的に。
化粧品手にするとなんだか燃えるわあ!
ビューラーやら、マスカラやら、アイライナーやらを駆使して化粧を始めた私にミカンも婆ちゃんも呆気に取られてその様子を見守った。
「よし、こんなものでしょう」
一人満足して頷く。
「巫女様……本当にお綺麗です」
「ほんに、巫女殿かの? まるで別人のようじゃわい」
____凄まじい変わりようだ。元より美しい顔立ちではあったが、より磨きがかかったように見受けられる。
二人と一匹が褒めてくれたので、私は気を良くして廊下へと出た。
まだかまだかと待ち侘びていた男が、私の姿を目にした途端目を見開き、言葉を失った。
よしよし、まあまあの反応ね。
「お待たせしました。行きましょう」
くすり、と笑って私は男の案内でユリウスの自室へと向かった。
ユリウスの自室は、遠かった。オートウォークが欲しい。
謁見の間を結ぶ転移陣より、更に奥に進み、更に更に進んで、考えるのをやめた頃、見覚えのある扉の前に辿り着いた。
それは、あの謁見の間に続く転移陣の扉と同じ模様をしている扉だった。
あれ? 既視感?
また私謁見の間に戻って来たのかしら、嘘でしょ。
「通せ。アスカ殿をお連れした」
男が短くそう言って水晶のような物を両サイドにいた男に手渡した。
水晶を手渡された男は、扉の横にあった窪みにそれをはめ込んだ。
途端に扉が青く光りを発し始める。
これ、なんかあの時と似てる。
城下の門を潜った時と同じ。
「確かに。どうぞお通り下さい」
扉から水晶を外し、扉横の男はそう言って頭を下げた。
両サイドの男達が揃って扉を開く。
そこには、透明なモヤモヤ。ゆらゆらとして、少しだけ虹色がかったその空間へ、案内係の男は無言で進み出た。
そして、すんっと小さな音を立てて男は姿を消した。
ぽかーんとする私に、扉係の男が中へ入るように勧める。
「貴方様もどうかお進み下さい。扉を閉めると、通れなくなります」
忍者屋敷みたい……
恐る恐るその空間へ手を伸ばすと、手だけが空間に飲み込まれ、視界から消える。
また抜き出す。また伸ばす。何これ、ちょっと面白い。
手だけ出したら、向こうの空間には私の手だけ出現してんのかしら。それって笑える、ぷっ。
はっ、いつまでも遊んでられないわ。
意を決して、私はその中へと入り込んだ。
束の間。あの妙な感覚に襲われ、目の前に現れたのは、ロココ調を基本としたインテリアが並ぶ、豪奢な部屋の中だった。




