ユリウスのお願い事
「審査会で食べられると思いますが」
向けられた意味ありげな視線から逃げるようにさっと視線を横にそらして、ボソッとそう言う。
「審査会に出るのは高コストの物で、コック達のオリジナルなのだろう。
予は、元の其方が考案したおから料理が食べてみたい。審査するにも、元となる基準が判らねば判断もつかぬまい」
正論過ぎる。
高コストの審査委員の役割をユリウスに頼みたい理由は他にも様々あったけど、こういう話の流れになる事を私は危惧していた。
だって面倒くさい。
「それじゃあ、料理長に作らせて持って参ります。宜しいですね。それじゃあ、失礼します」
一方的に言い逃げしようとくっると背を向ける。
「待て」
やだ、やだ、絶対いやだー!
心の叫びを押し殺して、顔を痙攣らせながら振り返ると、そこには意地悪そうに笑みを浮かべたユリウスの顔。
「其方が考案したのであろう。其方が作って参れ」
嫌です。そう言いたくて堪らない。
しかし、このおから料理の一件では、ユリウスに頼っている所が多過ぎる。
言いたくても言えない、この悔しさ。
しかもあれは、私が断れない事を見越して言ってる顔だ。
ふんぬーっ!!
「いえ、手順も材料も一緒ですから。料理長でも変わりありませんよ」
ひくひくと顔を痙攣らせながら、笑顔を作る。
頑張れ私。
「何を言う。時見の巫女様の故郷の味なのだろう。その同郷の其方が作らなくてどうするのだ」
目が笑っている。いやー楽しそうだ。
ホントに楽しそうだ。
ふんぬーっ!!
「分かりました……では、夕食にでも一緒にお出しします」
「楽しみにしている」
勝ち誇ったような顔をしてそんな台詞を言う。
あれは、笑いを堪えてる顔よ、私には分かる!
「それでは、大臣閣僚の皆様の参加の件、宜しくお願いします。ではこれで、失礼します」
私はぷるぷる震えながら謁見の間を後にした。
扉を閉めた途端、中から笑い声が聞こえたのは絶対に気のせいではない。
__我もお主が作ったおから料理を食してみたい。
ここにも殿様がいたわ……
「ヤマト、そう言えばあなた。会ってから何か食べている所見た事ないんだけど、本当は食べなくても平気なんじゃないの?」
じとっとした視線を送ると、ふいっと視線が逃げた。
絶対に気のせいじゃない。
__確かに我の身体は食事を必要としないが、食べても問題はない。
必要ないならいいんじゃないかと思ったけど、まあ、たまにはいいかと思う事にした。
ヤマトにもお世話になってるしね。
「分かった。あなたのも一緒に作ってあげるわ」
やらなきゃいけない事が山積みなのに、ユリウスのご飯作らなきゃいけないなんて!
全く持って腹立たしいったら!!
さっさと奥さんでも娶ればいいのよ。
憤慨しながらも私は厨房へと赴いた。
「たのもーーっ!!」
「おいおい。もう腹減ったのかよ。メシはあるけどよ、食うのか?」
意気込み勇んで厨房に現れた私の姿を見たキッシュが、呆れ顔で言った。
そうだけど、違う。
「私がいつでもお腹を空かせていると思わないでよ」
「ちげえのかよ」
「違くないわよ」
「なんなんだよ」
「ご飯作りに来たのよ」
「意味がわかんねぇよ」
二人で睨みを聞かせながら、通じているような通じていないような会話を繰り広げる。
「ユリウスが作れって」
あんまりにも面倒くさいその事実が、言葉を発するのも面倒くさがる。
「はあ? ユリウスって、おま……御当主様のことかよ」
「そ」
「何を作れって」
「……た……ら……り」
俯いて声を出すが、声が事実を拒否しているらしい。言葉が出なかった。私も拒否したい。
「あ?」
何度も言わせないで欲しい。
「なんだって?」
だから。
「……が……た……ら……り」
「嬢ちゃんよ、さっきから、たらりたらりって、なんの歌歌ってんだよ。愉快な女かよ」
愉快なわけ……あるかあっ!!
「ユリウスが、私が作ったおから料理食べたいって!!」
「御当主様がぁ? はあん、それでそんな顔してんのかよ。いーじゃねぇか、御当主様のメシ作れるなんざ、光栄ってもんだろ?」
多分、今私の顔は真ん中にパーツが寄り集まって梅干しみたくなってると思う。
「なぁにが光栄よっ! 私はユリウスのご飯作るよりやらなきゃいけない大事な事が沢山あんのよっ、ああ嫌だ、ああ嫌だっ!!」
ぶつぶつと嫌々を繰り返して、私は厨房奥の食料倉庫へ向かう。
さっさと終わらせて、婆ちゃんのところに行かなくちゃ!
「あっ、そういや、嬢ちゃんが作ってた納豆とか言うやつよ。しばらく放置してあるけど、こんなんでいいのかよ」
私の後を付いて来たキッシュの言葉に、はっとする。
私は豆腐屋のお爺ちゃんから大豆を貰った後、腐らせる為に茹でだ大豆を入れ物に入れてずっと食料倉庫に置いていた。
腐るまでどれくらい必要だったか、分からなかったから、あとは放置するしかなかったのだ。
「今どうなったかしら。ちょっと、見せてくれる?」
「ああ。えーと、あった。これだろ」
キッシュはすぐそこの棚から私の未来の納豆となるはずの大豆を取って手渡した。
かぱっと蓋を開けて中を覗いてみる。
「腐らないわね……」
「腐らせるには、湿度が必要だろ?アイゼンは湿気は殆どねぇからなぁ。食料保存するには最適なんだけどよ」
確かにシュテーゼン砂漠にいた時から湿度はまったく感じなかった。
うーん、じゃあ、まだまだ時間かかるかな。
納豆菌さえ、作れれば後は簡単なのに。
「湿度かあ……確かにアイゼンは湿度ないものね。私の国の湿度分けてあげたいくらいよ。湿度で人が死ねるんだから」
「湿度で人が死ねるだぁ?そんな国あんのかよ」
「あるのよ、あるの。湿度100%って国がね。
最高に気持ち悪いわよ」
「そりゃぁ、スゲェなぁ。お嬢ちゃんの国ってどこなんだよ」
キッシュはそんな国聞いた事がねぇな、と言って顎に手を当てて考え込む。
「日本ってとこよ」
「日本ねぇ……どっかで聞いた名前だな?」
「まさか。この世界にはないはずよ」
似たような名前の国でもあるのかしら。
うーんうーんと悩むキッシュをさて置いて、私はおからを手に取り、厨房へと戻る。
さてと。
このクソ忙しい時に私に手料理作らせようなんて、良い根性してるじゃないの。
覚えてなさい。
嫌がらせしてやる。
私に作らせた事を後悔させてやるんだから。
さぁて、どうしてやろうかしらね、ふっふっふ。
そうして私は背中に黒い炎を纏い、包丁を握りしめるのだった。




