引き継がれたもの
「綺麗……」
色無地の物が多い。元々侍女の為に作った物なのだから当然なのかも知れない。
けれど、更に婆ちゃんが二段目の引き出しを開くと豪華な模様が目立つ着物が並んでいた。
その一つをそっと撫でる。
「青海波……」
「なんと。巫女殿はこの模様の名まで存じておるのか!」
婆ちゃんが驚愕に声を大きくし、目を見開く。
知ってる。お母さんと散々着物教室行ったし。
お母さんは時代劇にも引っ張りだこだった。御台所なんかの高位の役柄がどうしても多い。
その為、踊りから着付けから、趣味で着物集めにも手を出した。買い足す度に説明されて、あらかた柄の名前は憶えてしまった。
「お母さんが着物好きでね。それで覚えちゃったの。これは亀甲文でしょ、これは紗彩形、こっちは檜扇。当たってる?」
「おお……当たっておる! その通りじゃ!」
婆ちゃんは喜びに打ち震えていた。
爺ちゃんに大豆料理を見せた時と似てる。
「ふふん、まだ覚えてた! 私えらーい!」
万歳をして飛び跳ねる。
着物の柄って名前難しいんだよね。舌噛みそうになるし。
「これらの柄も代々受け継いだ物なのじゃが、侍女には着せられる物ではないからの。わしもこのような柄を着れる歳ではないし、忘れないように時折りあつらえるのじゃが、すっかり箪笥の肥やしになってしまってのう」
しみじみと婆ちゃんが肩を落としてため息を吐いた。
「じゃあ私が着る! 婆ちゃん、着付け出来るんでしょ? やってよ」
「なんじゃと」
「だって勿体ないじゃない。私着替え大好き! 着物の柄は着てみないと全体像が見えないから。婆ちゃんも見てみたいでしょ?」
裁縫よりこっちの方が断然楽しい。モデルをしてた事もあるけど、衣装もオシャレも大好きだし。でも着物はなかなか着る機会がないから。
「ならば好きな物を一点選ぶが良いじゃろ。わしが着付けてやるわい」
「ひゃっほう!」
「何がひゃっほう、じゃい。そのような下品な喜び方はするもんじゃないわ」
怒られた。
はいはいすみませんねと言いながら、私は真剣に柄を選び、一つ取り出した。
「これが良い!」
「良いです、じゃ。お主、この部屋に来ると言葉遣いが崩れ過ぎじゃ。言葉遣いを習う場なんじゃがの」
ぶつぶつと独りで文句を言いながら、婆ちゃんは着物を手に取ってくれた。
それから私はぽーんぽーんと着ていた服を放り投げ、婆ちゃんにははしたないとか行儀が悪いとか服をたためとか言われて、ヤマトからは冷めた視線で愚か者の言葉を頂戴した。トキはくるっと背を向けて壁の隅っこにいた。あ、ごめんね。トキ。
「どう?」
私は着付けて貰った着物を身に纏い、ゆっくりとその場で回転して見せた。
髪形は私の希望でハーフアップの垂髪にして貰った。
ちょっと姫っぽい感じで良い感じ!
私の向かいには婆ちゃんとトキ、その横に飼い猫のようにヤマトが佇んでいる。
__実に美しい。これが着物というものなのか。人の手が作り出したとは思えぬ精巧さ。彩りも実に艶やかでかつ華やかで素晴らしいものだな。
ヤマトがベタ褒めである。
そうでしょう。そうでしょう。
着物を見た外人は皆驚き、感嘆の声をあげる。
それに婆ちゃんは日本人から裁縫を学んだ。日本人は手先が器用な事でも有名だし。
その婆ちゃんが丹精込めて作った着物が素晴らしくないわけがない。
私が選んだのは黒地に鳳凰の柄が入っている少し大人っぽい印象の物だ。赤黒鳳凰とも言う。
「凄く綺麗だ……俺、こんな洋服初めて見た」
トキは少しだけ頬を赤らめて、夢心地のように呟く。
「ふふっ、トキ。これはね、洋服って言うんじゃなくて、着物って言って和服と呼ばれる物なのよ。私がいた国は倭国とも呼ばれていてそこから由来しているの」
「倭国……」
「婆ちゃん、どう?」
くるくる回る私を婆ちゃんは一言も発せずに眺めていた。
私は何だか七五三みたいな気分で浮かれ三昧だったけど、婆ちゃんは孫でも見るように柔らかい笑みを浮かべている。
「もうちぃと柄をずらせば良かったかの。あと、こことここの柄も……」
私に近寄って一つ一つ丁寧に確かめながら見て回る。
「ねえ、婆ちゃん。この着物すごく素敵なのに城の侍女にしか着せないの? そういう決まりでもあるの?」
また時見の巫女様の格言でも存在しているのかしら。
だって城にはいろんな人がいるのに、着物を着ている人は極僅かだし。
騎士団もユリウスもキッシュだって洋服だし。
私がそう訊ねると、婆ちゃんはおもむろに顔をあげた。
「この国は元より洋服が主流じゃったからのう。我らが時見の巫女様の伝統を引き継ぎ、細く残しているだけに過ぎぬ」
細すぎじゃない? じゃあ、国民も皆洋服?
時見の巫女は自己満足の為に着物を持ち寄ったのかしら。
きっと違うわね。私と時代が違っていたなら、それが私服だったから作らせた。おそらくそれだけだ。
「でもこの着物の生地。まさか生地までは流石の婆ちゃんも城の中で作れないでしょう? どこで手に入れてるの?」
「城下町に一軒だけ古くから城と懇意にしておる呉服屋があるのじゃ。そこで生地を作っておる。そこの女主人もわしと同様に着物を作る事が出来るんじゃが、今は作っておらん」
呉服屋があるのね。
しかし勿体ない。着物が外国にあるようなものでしょう?
人気出るはずなんだけどなあ。
しかも時見の巫女様が着ていたんだよ?
モデルとしての人気は十分じゃない。皆知ってるし、人気はあるし。
綺麗だったかどうかは知らないけど、知名度と人気。その二つがあって物が売れないなんて営業が悪いのよ! と言ってやりたくなる。
「営業……」
そうか、これだ!
新たなお金の匂いに、私はにやりとした笑みを浮かべたのだった。




