ミズノの務め
数日後__
「なんだか随分と賑やかになりましたねぇ」
ずず、とお茶を飲みながら周りの様子に耳を傾ける。閉めた障子の奥からは人々が行き交う足音と話し声が入り交じって聞こえていた。
「巫女殿のせいじゃろうが。他人事のように言いよって」
ミズノ婆ちゃんは針を手にしながら廊下へ視線を移した。
「大臣達が全員城に呼び戻されたようじゃ。閣僚達もな。夜もろくに寝ずに動いておるようじゃ」
婆ちゃんはチクチクと淀みなく針を縫っていく。
「仕事があるのは良い事だわ」
マジマジと婆ちゃんの滑らかな手付きを眺めてため息をもらす。よくそんな風に出来るものだわ。
ヤマトも不思議そうに金色の瞳を細めて、じっと婆ちゃんの手元を見つめている。
その隣にはトキが慣れない正座をして座っていた。
トキを講義に同行させる事は私が頼みこんだ。
同行するだけなら良いとロウェル爺ちゃんやミズノ婆ちゃんの同意を得ることに成功した私は、それから講義には一緒にトキを連れて来ている。
講義中は何もしないし黙ってそこにいるだけだけど、私はそれだけでも良いと思っていた。
聞いて覚える事なんていくらでもあるから。
この先、トキが独り立ちした時に少しでもその知識が役に立てば良いと思った。
「ふん、暫く暇じゃったからな。ボケておらねば良いがの」
「あはははっ」
「あはは、じゃないわい。巫女殿もさっさとやらんか!」
そう言われて視線を移す。
私の手元には手渡された布切れと針と糸があった。
そうそう。今回の婆ちゃんの講義はお裁縫だった。さっさと諦めてお茶なんか飲んでしまったのだけど。
裁縫て。中学の授業以外した事がない。
「婆ちゃん、本当に凄いわ。何でも作れるんじゃないの?」
今婆ちゃんが縫ってるのは座布団だった。
婆ちゃんの部屋にある座布団を見つけて私も欲しいとせがんだら作ってくれると言ってくれた。
「そうさの。こんなものは大した事ではないわい。それにしても巫女殿。あの時見の巫女様と同郷とは思えん不器用さじゃの。真っ直ぐに縫えと言っておるだけじゃろ、なぜそのように蛇のようにうねるのじゃ」
ミズノ婆ちゃんはじっと私の手元を見つめて目を細め、ため息を吐いた。
「知らないわよ。勝手にそうなるんだもん」
婆ちゃんはやれやれと言って首を振り、また座布団縫いに集中し始める。
しかし婆ちゃんも爺ちゃんも、二人共いつも着物着てるけど……他に着物着てる人って……ああそうだ、最初に玄関で出迎えてくれた女将一同。
あの人達も着物着てたわね。
どうなってるのかしら、ここは。
時見の巫女はあっちの世界から着物までどっさり持って来たのかしら。
「ねぇ、婆ちゃん。爺ちゃんも婆ちゃんもいつも着物着てるけど、それってあのお風呂場の暖簾みたいに時見の巫女様が持って来たものなの?」
そう問いかけながらも、マジマジと婆ちゃんが着ている着物を見定める。
これって木綿だと思うのよね。しかも状態が凄く良い。染めてる物だと思うけど、くすみのない綺麗な青柳色だ。
600年も前に持って来た物を上手に保管したとしても、こんな状態で残るものなのかしら。
「やはり巫女殿は着物をご存知なのじゃな」
裁縫の手をすっと止めて、婆ちゃんは顔をあげた。
「そりゃあ、知ってるわよ。着物は日本発祥の物なのよ。着物着てれば日本人って見なされるくらい」
「日本……そうか。巫女殿の故郷は日本という国なのじゃな。時見の巫女様は自分の故郷の名は明かさなかったからの」
「ここには日本発祥の物が沢山あるわ。和室も暖簾も箸も、婆ちゃんが着ている着物も」
日本じゃないのに日本にいるような既視感を覚える事も多い。
とくにお風呂に入ってる時。ちなみにまだシャワーは使えない。
蛇口も使えない、使えないったら使えない。
「それはそうじゃろうて。我らが残しておるからの。我らは代々このアイゼン城の次期当主となる方の教育係として側に置かれておる。
時見の巫女様がいらした時も、我らの先祖が傍におった。そのご先祖様が時見の巫女様より享受された物を我らは代々引き継いで来たのじゃ。
この裁縫も時見の巫女様から教えられた物じゃ。着物の縫い方もそうして伝えられたものじゃよ」
目を細めて婆ちゃんの頬が緩む。
その表情はすごく嬉しそうだ。
豆腐屋の爺ちゃんみたいに、それもまた婆ちゃんの誇りなんだろうなと感じる。
「婆ちゃん、着物作れるの?」
「もちろんじゃ。我らは真っ先に着物の縫い方から教わるからの」
「すごーい! 婆ちゃんが作った着物見たい!!」
すぽーんと手にしていた布切れを放り投げると、隣で大人しく座っていたヤマトが嫌そうに首で払い除けた。
じゃあ、今着ている着物も婆ちゃんの手作り?
それって凄くない? だってミシンとかないのよ、ここ!
見たい! 見たい! と騒ぎ立てる私を婆ちゃんは呆れ顔で見つめて小さくため息をつくと、そっと縫っていた座布団を置いた。
「着物を見たいと言われたのは初めてじゃ」
あまり表情は変わらなかったけど、その声色からは嬉しそうな響きがあった。
「どうして? 女将達も毎日着てるじゃない。ミカンだって」
「女将とは誰の事じゃ」
「ああ、えっと。最初に私を出迎えてくれた着物の一団の偉そうな女の人」
「おかしな名前を付けるでない。あれは侍女頭じゃ」
侍女頭って女将の事じゃないの? 違いが分からなかった。
「それも時見の巫女様がいらした時からのこの城の風習じゃ。侍女が着物を着て生活するように整えたのは時見の巫女様じゃからの。それ故に年に何回かわしが着物をあつらえておるのじゃ」
「えっ、婆ちゃん一人で侍女の着物作ってるの?」
「そうじゃ。着物は長持ちするからの。本来はそのように何度もあつらえなくても良いのじゃが。時々あつらえたくなるのじゃよ」
着物作りが趣味って事?
婆ちゃん、店出せばいいのに。
でもこの城の教育係が仕事なのよね。じゃあ両立は難しいかなぁ。でもなんか勿体ないなあ。
「じゃからほれ、このように侍女に回らん物も多くなってしまっての」
そう言って壁際にある箪笥の引き出しをすっと引いて見せた。そこには色取り取りの着物が綺麗に畳まれて並んでいた。
私は思わず無言で近寄る。
藍色、桃色、橙色、山吹色、それはクレヨンのダースみたいに、すらりと並んでいた。




