あなたしかいない
「オスカーからおおよその話は聞いた。豆腐を作る際に余る材料で料理を作るのだとか。その料理を広めたいという事だったな」
ユリウスは石造りの謁見の間で静かな眼差しをわたしに向ける。
傍にはあのライザーが無表情で控えていた。
私は一呼吸ついて自分を鼓舞する。
さあ、始めるわよ。
「そうです。おからと言いますが、今まではただ捨てられていたものです。調理方法によっては食べ応えもあってお腹も膨れるので、国民に周知させた方がいいかと思います。
幸いにもこの国の特産は大豆です。そして大豆には加護が薄れた影響は及んでいないとも聞きました。
更に時見の巫女様の格言もあり、その加工は味噌と豆腐に限られている。ならば国内にはその伝統を重んじる豆腐屋は数多くあるはずです。
その全ての豆腐屋におからの使い道を示し、国民に提供して貰う事が出来れば飢えの緩和に繋がるはずです」
「確かに豆腐屋は国内一の出店数を構えている。そこで出ている材料の余り物であったおからに料理となる価値があるのならば、国民に提供も出来る。その量は恐らく補って尚余りあるものになるだろう」
「ただし、ひとつ懸念があります。それは時見の巫女様に対する国民の信仰です。城下町の豆腐屋のご主人も豆腐以外の料理に使うと聞いた時には躊躇いを見せました。
『大豆は味噌と豆腐に使うべし』という、愚か……じゃなくて格言がある為です。その意識改革から始めなければなりません」
「その格言は古くからアイゼンに浸透している教えだ。それを覆すのは容易ではないぞ」
ユリウスが厳しい目つきでそう言う。
でしょうね。私の国には宗教がある。
その歴史が長ければ長いほど、その崇める対象が非凡であればあっただけ人は盲信するものだ。
しかもこの地に於いて、その神業は現実となって証明される。だから人々はその英雄たる歴史を忘れず、尊敬し、崇める。
だけど。
歴史の真実なんて、いつの時代も必ず新たな発見があると言うもの。
言い伝えられていた歴史が実は違ったなんてよく聞く話だ。
「時見の巫女様が作り出した教えは、時見の巫女様自身で覆して頂きます」
それまで黙って話を聞いていたライザーが眉を寄せて私を睨んだ。
そう、あなたはそっちの顔の方がよく似合う。
「何を言う。時見の巫女様は既にこの世を去られている。ご本人に覆させるとは、どういう事か」
ライザーの言葉を耳ともせず、顎に手を当てて何かを思案し耽っていたユリウスが、はっと顔を上げた。
「伝承か。時見の巫女の伝承を利用するのだな」
「そうです。時見の巫女様が書き記されたという伝承。その内容は当主しか知り得ない。その伝承の存在を公表し、一部に大豆の用途について記載があった事にするのです。
大豆の大まかな用途は味噌と豆腐だが、実は他に多くの用途があった、とかなんでも。
その一部の情報を貧窮する民の為公表する決意をした。とでも言えば、時見の巫女様の教えをまるっきり覆す事にはならず、国民も受け入れる。更には重要な伝承を国民に開示する事で御当主様の慈悲深い行いに感謝する事にもなります」
「ふむ……」
「しかし! そのように伝承を汚すような行いをするなど、許されることではありませんぞ!」
「伝承に記されていない事をあったように公表するのは気が引けるでしょうが、全くの嘘ではありません。時見の巫女様は私より大豆の使い道を知らなかっただけだと思うんです。
600年前に巫女様が現れたという事を単純に考えれば、私は巫女様の600年後の未来に生まれた人間という事になります。
600年もあれば当然食文化も進む。昔はなかった料理が考案して編み出され、さらにアレンジを加えてまるで違う食べ物のようになる。
私はそんな時代に生きていました。だから巫女様が知らなかった大豆料理を知っている。
巫女様が民の為に育てた大豆。私の知識を足してさらに活用する事が出来れば、巫女様の民を思う願いに寄り添うものになります」
私の言葉にライザーは沈黙を以て応えた。
巫女の知識が中途半端な事。それは時代が違ったと考えれば容易に解消出来た。
時間がなかったというのも考えたけれど。あんなお風呂や和室を作るぐらいだし、それはないと思う。
大体、味噌や豆腐の作り方を教える方が時間も手間も掛かる。だから私はそこに活路を見出した。
「豆腐屋のご主人はおからの存在を知った時、泣いていました。時見の巫女様が作られた大豆を無下に捨てていた自分を嘆いて悔やんでいました。
だから私はみんなにも知って貰いたい。時見の巫女様が作られた大豆はこんなにも素晴らしいものだったのだと教えてあげたい。
単に味噌汁に浮かぶ小さな具材じゃなくて、立派なおかずになるんだと教えてあげたいんです」
私の視線とユリウスの視線が静かに絡み合った。
私はすうっと息を吸って言い放つ。
「それが出来るのは、あなたしかいません」
それがその高みへ生れついた者の務め、という物だと思う。
血筋によって格差が生じるこの世界で、それは定めというのかもしれない。
定めとか運命とか私は信じない。そんな不確かな者に身を委ねるなんて真っ平ごめんだわ。
でもそれは身分差のない世界に生まれついたからこそ思えた事だった。
親を選べないのはどの世界でも一緒で。
この世界のこの国でこんな事が出来るのは、当主であるユリウスにしか出来なくて。
私は苦し気に顔を歪める。本当はこんなセリフ、言いたくなかったのに。
やっぱりユリウスに頼る前に自分でなんとか……
「余に任せよ」
凛とした声が響いた。
その顔は穏やかで春の木漏れ日のように優しい色を瞳に宿し、私を見つめていた。
「お前のその願い、余が叶えよう」




