未来を見据えて
「お嬢ちゃんっ! 絶対だぞ、絶対! 来なかったら明日のメシは抜きにするからなっ!!」
キッシュが食堂に響き渡る大声で叫んでいる。
何よ、その古典的な脅し文句は。
しかしコンビニも何もないこの世界での『メシ抜き』の言葉のなんと重いこと。
「分かってるわよっ! 私だってもっとメニュー増やして貰いたいんだから絶対行くわよ!」
負けじと叫び返してやる。
あれから私達は豆腐屋のお爺ちゃんから大豆とおからを分けて貰って城へ戻って来た。
大豆は豆腐の原料なんだから買いますと言ったのに、いいからいいからと半ば押し付けられるようにして頂いて来た。
キッシュは大豆料理も教えろと意気込んでいたけど、他のコックから昼食の準備があると言われ、昼食の片付けが終わったら、夕食の準備があると言われて、夕食の片付けが終わった時間に料理を教えに来いと言って来た。
そして、この脅し文句に繋がったわけである。
「でも、本当に魔法みたいだったよなぁ!」
頭の上で手を組んで、思い出すようにテオは笑ってそう言った。
「ああ、本当だ。あれが今まで捨てられていたとは。豆腐の作り方には疎いが、あのご主人が悔しがる気持ちも分かる」
オスカーさんも同意したように頷いた。
皆がしきりに感心している中、私はひとり違う事を考えていた。
時見の巫女はなぜおからの使い方を教えなかったのだろうという事だ。
私と同じ世界から来たらしい時見の巫女。
暖簾もあったし、和室も作って、あのお風呂だって。絶対日本人だと思う。
おからなんて誰でも知ってる事じゃない?
いつからおからがあったのかなんて、おからの歴史は知らないけど昔からあったんじゃないの?
おからクッキーの作り方を知りませんでした、っていうなら話は分かるんだけど。
豆腐の作り方だけ教えておからの使い方を教えないなんて、そんな勿体ないことする?
まるで、おからを知らなかったみたいじゃない?
それに醤油だって。
味噌があるなら醤油もあると思ったのに、醤油は作られていなかった。
なんだかモヤモヤする。
中途半端だし、大体醤油なかったら納豆作っても美味しく食べれないじゃない!
巫女に感謝したいようなしたくないような、複雑な気分だ。
「本当はね、あんまり行きたくないんだけど。あんまりっていうか、すごく行きたくないんだけど。ユリウスのところに行かなくちゃいけないかなって思ってるの」
おもむろにそう言うと、皆が驚いたように私を振り返った。
だってね。私はこの国の巫女になりたいわけじゃなくて、神様の加護を貰って元の世界に帰る為にセノーリアに行きたい。
帰してくれる神様見つけて絶対帰るの。
だから、やっぱり何回考えても国を建て直すのは巫女じゃないと思うのよね。
巫女の力はあくまでサポートの方なのよ。
国を建て直すのはあくまでもこの国の人々であって、色々試行錯誤して、失敗を繰り返して、成功を掴んで、そうやって強くなっていくものだと思う。
かたくなに巫女の力に頼り、巫女を崇め巫女の考えを疑わず、否定も侵すこともせず。自分達の力で動こうとしなかったから今回の大豆事件みたいな事が起きるのよ。
そんな巫女に依存して生きる国なんて気持ち悪い。
まるで何かの宗教みたいじゃない。
私は帰るの、絶対に。
だから立ち上がって貰わなきゃいけない。自分達だけの力で生き抜いていけるように。
「お会いしてどうする気だ?」
オスカーさんが心配そうに私を見つめていた。あの一件があったから心配しているのだと思う。
「さっきのおから料理。豆腐屋のお爺ちゃんには広めて下さいって言ったけど、そもそも城下町自体に人がいないんじゃ広げるに広げられないでしょう?
だからユリウスの力を借りるのよ。あの人この国で一番偉いんでしょう」
あの人って言うなよ、とテオが咎める。
オスカーさんは逡巡した後、なるほどなと頷いた。
「その旨、私から御当主様に伝えておこう」
その後私達は別れた。私はロウェル爺ちゃんの元でお勉強の予定だったのだけど、爺ちゃんはあの『おから』の事をしきりに訊ねたり、他にもある豆腐料理の事を話してくれとせがんできたので、結局勉強したのは私ではなくて爺ちゃんになってしまった。
夜にはキッシュの元で大豆料理講習会をすると言ったら自分も行くと即決していたし。
それなら婆ちゃんも誘った方が良いよね。
その後、婆ちゃんの講義も受けて大豆講習会にお誘いし、了承を得て部屋で一息ついた頃、オスカーさんが謁見許可が出たと伝えて来た。




