爺の後悔
「豆腐を作る際に出る、このしぼりかすを『おから』と言います。
この搾かすはゴミではなく、立派な料理になる原料ですから、これからは捨てずに大切に使って下さい」
私がそう言うと、老人の目はさっきよりも更に大きく零れそうなほに見開かれ、ロウェル爺ちゃんもミズノ婆ちゃんもキッシュも、驚愕して言葉を失った。
「みこ……朱鳥殿。おから。おからと言うのじゃな。して、それは食べられると」
ロウェル爺ちゃんがおからを凝視して、戸惑いながら尋ねる。
「そうです。まずはこれを使って調理します。お爺ちゃん、悪いけど調理場貸してくれるかしら」
「あ、ああ。こっちじゃ」
キッシュとテオがおからの入った入れ物を二人で抱えて、調理場まで運んで来てくれる。
「みっ……朱鳥殿! しばらく待つのじゃ!」
ロウェル爺ちゃんが、わたわたし始める。背負っていた荷物から、紙と万年筆を慌てて取り出していた。
爺ちゃんらしい。全部ここでメモるつもりなんだわ。
それから私は適当に使えそうな野菜を選んで、爺ちゃんのペンの速さに合わせながら、おから作りを皆に見せた。
その途中で困ったのは、醤油がなかった事だった。
味噌作って醤油作らないってなんなのよ。
それで調理場にあった調味料を手当たり次第舐めて、それっぽい風味と味の液体を醤油代わりにした。
鶏肉があれば尚よかったけど、なかったし、野菜だけが入ったおからだけど、まあ大丈夫だと思う。
皆一同に私を囲んで熱心にその工程を食い入るように見つめ、工程が進む度に細かく質問して、私は出来るだけ丁寧に答えるように努めた。
うちは母子家庭だったから、お母さんがいない日はよく涼太と料理を作って食べた。
その成果がこんな場所で発揮されるとは。
私は出来上がったおからを一口食べる。
うん。しっとりしてるし、味付けもこれなら大丈夫。私おからは、しっとり派。うまあーい!
「はい、これで出来上がり。そんなに難しくないでしょう? 食べてみて下さい」
調理場のテーブルを借りて、おからを並べて皆に勧めると、それぞれ恐る恐る、といった感じで箸を伸ばした。
「これは……」
「お野菜の味がおからとよく合います」
「味付けも良いな。しっとりしているのに、お腹に溜まる感じもある」
「うん、おいしい!」
それぞれの好評を得て、満足した私はその後、そのおからを使っておから団子と、おからの豆腐ハンバーグを伝授した。
「おから団子も豆腐ハンバーグも、このままでも美味しいですが、基本的には豆腐ですから、食べ応えはあっても味は淡白です。
それに様々なタレ……ソースを和えて、調理するともっと美味しくなります。
おから団子については、スープに入れたりしても美味しく食べられます。そこは、料理人のキッシュさんのセンスが出るところでしょう」
私が悪戯っぽくそう言うと、キッシュが視線に気付いてニヤリと笑った。
きっと色々試行錯誤して、良い味付けにしてくれることだろう。
そして、もうひとつ。
「この調理方法はぜひ、豆腐屋さんのお爺ちゃんにもして貰いたいんです。
そして広めて貰いたい。これはれっきとした「おかず」なので、今まであった豆腐でお腹が膨れますから」
そう。今までの豆腐の使い方は、味噌汁に小さく切られて浮いていたものだった。
荒廃だ、飢えだ、と苦しんでいるのだから、ちゃんとオカズとして食べればいい。
大豆は特産なのだし、国内ならば安く手に入るはず。
それにこれは、『ゴミ』だったものだ。なんなら、無料で配っても罰は当たらない。
「そう……そうですな……」
震えるような小さな声がして、ふと顔を上げると、お爺ちゃんの目には涙が溜まっていた。
手で慌てて涙を拭い、うつむく。
えっ? えっ? なんで泣くの!?
狼狽する私の前で、お爺ちゃんはテーブルに乗ったおからを愛おしそうに見つめて言葉を紡いだ。
「なんと、なんという罰当たりな事をしていたのだろうな、わたしは。
時見の巫女様が我らの飢えを補う為に作って下さった大豆。その大豆を使った豆腐を作っている事に私はずっと誇りを感じていた。
だが、同時に私はその大切な大豆を事をもなげに捨てて来てしまっていたのだ。
こんな、立派な料理になる食べ物を、私はずっと、捨ててきたのだ。巫女様の慈悲の心を無下にするような愚行を働いてしまった。
このような食べ物があれば、時見の巫女様の慈悲にもしっかりと応えられただろうに。申し訳ない。本当に申し訳なくて、涙が出るわ」
お爺ちゃんの口から紡がれた言葉は後悔の、念だった。
どれほど時見の巫女様が愛されているのか、実感できる。
どれほど、この国の民が時見の巫女様を愛し、彼女が作った大豆に感謝し、その料理を愛しているのか、痛いほど、伝わる。
だからこそ、このお爺ちゃんは許せないのだろう。
自分の事を許せない。
でもそれは、このお爺ちゃんのせいではないのに。
「大豆は、あるわ」
「大豆はちゃんとこの地にある。この国の人達が大切に育てたからこそ、特産物になるほど、時見の巫女様が残した大豆はこの地にしっかりと息づいている。
もっともっと、この他にも沢山、大豆を使った料理はある。私が、教える。
だから、後悔するんじゃなくて喜んで欲しいの。時見の巫女様が作った作物で、こんな料理も出来るんだよって、こんなにお腹が膨れるんだよって、自慢すればいいわ。
おからは、豆腐を作らなければ出来ないんだもの。豆腐を作れる事も、作って来た事も、自慢すればいい。その事を、この国で一番最初に知る事が出来た自分を、誇ればいいと思うわ」
黙って私の話を聞いていたお爺ちゃんは、しばらくしてから、真っ直ぐに私を見て、笑った。
それは晴れ渡った秋の青空のように、清々しい笑顔で。
そして、最後に私の手を取って、ありがとう、ありがとうと、何度も、何度も繰り返しお礼を伝えた。




