時見の巫女が残した格言
「失礼します」
食堂からあらかた人が居なくなったのを見計らって、私は厨房へと向かった。
ひと段落して、コック達が和やかに談話している。
私が声を掛けると、金髪兄さんが気付いてこちらを向いた。
「おっ、嬢ちゃん。今日もまあ、よく食ったな。騎士も顔負けだろうよ」
がははっとコック達の笑いを誘う。
「本当はもっと食べられます。それよりも、聞きたいことがあるんです」
「本当かよ、そりゃすげぇな。それで聞きたいことってのは、なんだ?」
感嘆の声をあげてから、納豆はねえぞと続けた。いや、そこも本当に大事だけど、違う。
「大豆の使い道なんですけど。豆腐と味噌の他には、どのように使ってるんですか?」
「それだけだ」
「はっ?」
「そ・れ・だ・け・だ!」
わざわざ一言ずつ区切って、金髪兄さんは胸の前で腕を組みながら、ハッキリとそう言った。
「あはっ、あはははははっ!!」
そんなバカな! おかしくて腹が3回転くらいよじれてイナバウアーしてしまいそうよ!
突然お腹を抱えて笑い始めた私をコック一同が互いの顔を見つめあって不思議そうにしている。
「じゃあ、豆は! 大豆はどこにあるのよ」
「あん? 大豆は豆腐屋と味噌屋にあるだろうが。あとは産地のサワナだけだ」
「あはははははっ!」
私の笑い方がシャクに触ったように、顔をしかめて男は言う。
笑いが止まらないとは、このことだった。
大豆を大豆として食べないなんて! そんなことある?
「ふふっ、じゃあ大豆は全部豆腐か味噌に加工されてるわけね? 間違いない?」
「ああ、間違いねぇけどよ。なんなんだよ」
目に涙をためてそう尋ねた私を、男はそう言って睨んだ。
「どうして、こんなことになってるのかしらね」
ふふふふっ、と笑いが止まらない。
「なんでって、先代の巫女様がそう教えたからだろうがよ」
胡散臭そうに私を睨んで男はそう説明した。
「先代の巫女様って、時見の巫女様でしょう? 味噌と豆腐の作り方しか教えなかったの?」
「そう言ってるだろうが」
男はその青い瞳に苛立ちを込めて、眉を寄せている。
「それなら」
ようやく治った笑いをきっちりとお腹の奥にしまって、私はその場にいる全員に聞こえるようにハッキリと言い放った。
「私が。他の大豆料理を教えてあげるわ」
自信満々に薄く笑ってそう告げた私の言葉に、コック一同が驚きの声を上げた。
「はあ? 嬢ちゃんが?
おいおい、冗談言っちゃいけねぇぜ。
大豆はな、昔先代の巫女様が作ったもので、その調理方法も巫女様が教えて下さった貴重なものなんだ。歴史あるもんなんだよ。
『大豆は味噌と豆腐につかうべし』って言ってな、このアイゼンじゃそれを知らねぇ奴ぁいねぇよ」
腕を組んでそう説明したのは、金髪のお兄さんだった。その説明に私は目をパチクリと瞬いた。
なにその格言。
私なら『大豆は納豆のみに使うべし』にする。
いえ、味噌も豆腐も好きだけど。
「大体、あんた一体なんなんだ? 別に料理人でもねぇみてぇだが」
金髪のお兄さんは、その青い瞳を上から下へと動かして私を値踏みするように眺め、そう尋ねた。
そこへ割って入って来たのはミカンだった。
「キッシュさん。その方は新しく来られた巫女様なのです」
「はあっ? 巫女様だぁ? この大飯食らいの嬢ちゃんがか?」
目を丸くしてミカンを見つめた男の周りでは、コック達がざわざわと騒ぎ始める。
「先日到着されたばかりで、まだ知らない方も多いのですけど、そうなんです」
男は私を振り返り、もう一度マジマジと見つめて言葉を失った。
「巫女かどうかはさて置いて。私は先代の巫女様と同郷なのよ。だから大豆料理のことも、あなた達より詳しいの」
「なんだって? 先代の巫女様と同郷だって?」
ガヤガヤとコック達の騒めきが大きくなる。
「そうなんです! 巫女様は、『漢字』もすらすら読めるのですよ。
あのお風呂場の暖簾の漢字も見た途端にお読みになられて。私、本当に感動しました」
『女湯』でそんなに感動されても……小学生でも読めるのよ、アレ……
「そういうわけだから、ミカン! 行くわよ!」
「えっ? ええっ? どこにですかっ?」
「決まってるじゃない、豆腐屋よ! あと、お金持って来て」
私はグイグイとミカンを厨房から引っ張り出す。
「で、出かけるんですか? でもこの後はミズノ様の勉強が……」
「そんなの後からでいいわよ、食べ物の方が先に決まってるでしょう!」
「でも、ミズノ様が……」
なかなかうんと言わないミカンの腕を引っ張りながら押し問答していると。
「待て。それなら、俺も行くぞ」
ふいに声がした方を見れば、キッシュと呼ばれた金髪碧眼のお兄さんが真剣な顔つきをして、私達を見ていた。
「食の事に対して研究すんのは、俺達料理人の仕事だ。それに、大豆に関しては先代の巫女様のお言葉もあったし、この国の者からしてみりゃ、他の料理に使おうなんて、恐れ多くて誰もやらなかったんだ。
だが……ほんとに、お嬢ちゃんが巫女様と同郷ってんなら……他の食べ方があるっていうなら、俺は知りてぇと思う」
シュテーゼン砂漠で初めて見た青空のような、澄んだ瞳でキッシュは真っ直ぐに私を見つめてそう言った。
その言葉を聞いて、私は笑みを浮かべる。
「私は最初からあなたのことも連れて行くつもりだったわ。巫女様の格言を守って来たことは、確かに素晴らしいことだと思う。
だけど、せっかく巫女様が広げてくれた大豆なんだもの。それをもっと美味しくして、もっと沢山の人に食べて貰った方が巫女様も喜ぶと思うわ」
なんて素晴らしい事だろうと思う。
人の食に対する欲求は、いつの時代も住む世界を超えても、変わらずに有る。
先代の巫女様の変な格言さえなければ、大豆文化はもっと進んでいたでしょうに。
私の中で先代巫女の評価が残念なものへと変わった。
けれど、こうして探求心のある料理人がいるのならば。きっとこの先は、いまの日本と同じようになるかもしれない。
それに私は、頑張る人間が大好きだった。
「一緒に行きましょう、キッシュ」
満面の笑みを広げて私がそう言うと、キッシュは大きく目を見張って力強く頷いた。




