絶望
__アスカ! どこへ行く!
ヤマトの叫ぶ声が頭に響いたけど答える余裕も、説明している余裕もない。
カウンターの脇を抜けて厨房へと押し入ると、そこには忙しなく動き回る、10名に満たない人数のコックとミカンがいた。
「ミカンっ! 納豆! 納豆ある!?」
「えっ!?」
突如として厨房に押し入って来た私にミカンは目を白黒させた。
「納豆よ!!」
「なっ、なっとうですか? それはどういったものなのですか?」
なん、ですって。
その返答に私は愕然とした。
料理人にも、なんだなんだと集まり出す。
「大豆を使ったもので、発酵させて粘り気だしたものよ」
納豆ってここじゃ言わないのかもしれない。
分かりやすく説明してみたけど、ミカンを始め寄って集まった数名のコック達は首を傾げた。
「そんな食べ物聞いた事がねぇな。大豆を発酵させて作るのは味噌だろう。あとは豆腐を作るためにあるんだぜ、嬢ちゃん」
30代くらいの金髪の兄さんがそう答えた。
聞いたことが、ない?
誰か知ってるか? と金髪兄さんが周りのコックを見渡して確認したけど、誰もうんとは言わなかった。
「うっ、嘘だ……」
私は思わず背中に闇を背負ってその場に崩れ落ちた。
大豆があるのに納豆がない?
大豆は豆腐と味噌を作るためにある?
なにこの中途半端な大豆知識。
「おいおい、大丈夫かよ」
そう言って、金髪兄さんが私を支えて起こしてくれる。そのお兄さんが、私の顔を見た途端に声を上げた。
「あっ? お前、昨日終わり際に来て散々おかわりしてった奴じゃねぇか?」
「え? ああ……はい、そうです。今日も宜しくお願いします……」
私はわけの分からない挨拶をしながら、トボトボと厨房を後にした。
納豆がない……納豆がない……
そんな事って。
大豆がそこにあるのに、納豆がないなんて。
なんで? どうしたら、そんな摩訶不思議な事になるんだろう?
布団とベッドがあるのに、枕がない。
シャンプーがあるのに、コンディショナーがない。
携帯があるのに、通話機能が使えない。
そんな歯痒さを感じる。
「そんなバカな……」
席に戻り、ぷかぷかと浮かぶ豆腐を見つめて、私は絶望的な声を漏らした。
「それで、その納豆とやらはあったのか?」
オスカーさんの言葉に一同の視線が集まる。
「いえ……なかったです」
「ほらな、聞いたことねぇもん」
テオが止めた箸をまた動かす。
__お主の世界の食べ物なのか?
「そう。大豆があれば作れるの。私の大好物なの」
ヤマトの誰にも聞こえない問いかけに、そう答えるとオスカーさんが箸を止めた。
「大豆があれば作れるなら、自分で作ってみたらどうだ?」
「自分で……。作った事ないですけど、もしかして作れるかも! よし、やってみようっ!」
そんなに難しい作業はなかったはずだ。
要は腐らせればいい。その程度の知識しかないけど、なんとかなりそうな気がする。
気分が上昇した私は、やっと朝食に手を付けた。
にしても、なぜこの野菜炒めに芋が入っているのに、味噌汁には入ってないんだろう。
豆腐と同じくらいの量を入れるだけでいいのに。
もぐもぐもぐもぐ
この葉物、どう見てもキャベツよね。キャベツがあればもう少し色々レパトリー増やせそうなものに。
もぐもぐもぐもぐ
「アスカ、おかわりいるか?」
こくん、と頷いてまたご飯を食べる。
この漬物って大根でしょう?
大根だよね、見た目も味も大根だもの。大根も味噌汁に投入したいよねぇ。
芋と大根入ったら、具沢山の味噌汁出来るじゃないの。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ
それとも、味噌汁に回す野菜は買えないとか、そういう諸事情なのかしら。
大豆だって、豆腐や納豆以外にも豆乳とか……
「アスカ、おかわりいる?」
こくん。
私豆乳好きよ。牛乳はあるのかしら。
ゼラチンがあれば、豆乳プリンも豆乳寒天も作れるじゃないのよ。
大体、大豆は大豆そのものとして食べれるのよ?
まさか全部豆腐と味噌にしてるわけじゃないでしょうね?
はっ、まさか。そんなバカな人間がいるもんですか。さすがにそれはないわよ、朱鳥。
「アスカさん、おかわりお待ちしますか?」
こくん。
そうよね、そんなバカな人間いるわけないわ。
とんだ大豆の無駄遣いよ。
いくら大豆が特産だからって、そんな使い方したら大豆が泣くわよ。
じゃあ、あれはどうなの?
ちょっとコックに聞いてみないといけないわね。そうね!
「アスカ。そろそろその辺で終わりにしたらどうだ」
「え? あ、はい。終わりました」
オスカーさんの低くて耳心地が良いその声に反応して顔を見てあげると、そこには私を含めて4人しかいなかった。
「あれ? みんなは?」
「今頃気づいたのかよ。とっくに食べ終わって戻ってったぜ」
はあ、とテオがため息を吐く。
なぜため息?
「我々もそろそろ戻らねばならん。アスカ、この後は勉強だろう。ちゃんと行けるか?」
席を立ちながら、オスカーさんが尋ねる。
「ミカンの事待ってから行きますから、大丈夫です」
オスカーさんは分かった、と短く返事をしてテオと一緒に食堂を後にした。
そうして私はトキとヤマトを伴って、がらんとした食堂から厨房へと再び足を踏み入れたのである。




