納豆の行方
食堂の入り口に到着すると、ずらりと並んだ黒い制服を着込んだ騎士団の人達が何列にもなって席に着いていた。
食堂一面の黒服達。
「わーお」
どこの国賓が亡くなったの? と言いたくなる光景だ。
多少の銀細工が施されているものの、黒服の皆様がそれだけの人数集まっているのは圧巻だった。
「あっ! アスカ! こっちこっち!」
奥の方に目をやると、テオが立ち上がって来い来いと手招きしている。
トキも昨日はこれほど人がいなかったのか、目を丸くしていた。
「行くわよ」
私はトキの手を引いて、テオの元へ向かった。
近付くにつれ、チラホラと見覚えのある顔が見える。
砂漠に迎えに来た人達だわ。皆一同に歩み寄る私達に視線を向けている。
私をテントに呼びに来てくれたおじさんもその中に見つけた。
にこっと笑いかけると、少し照れたように笑みを返してくれた。ついでに骸骨顔のルドルフも見つけた。
「ここに座れよ。ほら、トキも」
迎えてくれたテオは、しっかり私とトキの席も準備していてくれたようだ。
「ありがとう、テオ。オスカーさん、おはようございます」
席に腰掛けて、オスカーさんに挨拶する。
「ああ、おはよう。今朝はちゃんと起きられたようだな」
朝だというのになんだか難しい顔をして、オスカーさんはそう返した。
「ミズノ婆ちゃんと、ミカンが近くに引っ越して来たので」
「そうか。それで……」
妙に納得したように頷き、ふと顔を上げてその秋の夜空のように澄んだ瞳を私にじっと向ける。
え? なに?
「大丈夫そうだな」
なんのことでしょうか。
私がはてと首を傾げると
「大丈夫じゃない。今日もあのお婆ちゃんはアスカの頬打ってた。しかも4回も」
私の隣に腰掛けたトキがむすっとして、答える。
「えっ、4回も? わぁ、全然気付かなかったぁ」
私って寝てる時、痛覚なくすのかしら。寝てる時なら幸せに死ねそうだな、と思う。
「ミズノ様、ほんと容赦ねぇ……」
テオも眉をしかめて、難しい顔をした。
「アスカ、もう一度見せてみろ」
オスカーさんがそう言ったかと思ったら、顎に指をかけられ、くいっと引き寄せられた。
目の前に綺麗なオスカーさんの顔があって、長い睫毛と澄んだ瞳が真っ直ぐにわたしを見つめている。
こ、これはまさかの顎クイ……!
「だ、大丈夫でしょう?」
少しだけドキドキしながら、上ずった声でそう言うと、オスカーさんもハッとしたように手を離して顔を背けた。
「ああ。だが毎日頬を打たれていたら、そのうち腫れが出てくる。気を付けろ」
ああ、それは嫌だ。
「はい。心配してくれて、ありがとうございます」
照れたように視線を背けるオスカーさんに、思わず笑みが溢れてしまう。
「おっ! 俺アスカの分取ってくる!」
ガダッと大きな椅子の音を立てて、叫ぶようにテオがそう言った。
「えっ、いいわよ。自分で取りに行くから」
私が断ると、テオは顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首を横に振った。
「ダメだ! 女の子なんだから、座って待ってろよ。なっ!」
「一緒に行くわ。どんな感じなのか見てみたいし。昨日は全部運んで来てもらったから。トキ、あなたも一緒に行くわよ」
そう言うと、トキは頷いて立ち上がった。
「大人しく待ってればいいのに」
ぶーぶーとテオが文句を言いながら追いかけて来る。
テオの分はもう配膳されていたのに、何しに来るのかしら。
食堂の配膳カウンターは、サービスエリアにあるフードコートのようだった。
カウンターに並ぶとトレイに決められたメニューが乗せられて出て来る。
そっか、メニュー選べないのね。
カウンターから差し出されたトレイに手を伸ばそうとすると、横からテオがさっと取って行ってしまった。
「えっ? おかわり?」
まだ食べてないのに気が早いわね。
「ちげぇよ! アスカの分、持ってやるって言ってんの!」
「大丈夫だって言ってるのに」
小さくため息をついて苦笑いをし、私はテオの後を追って席へ戻った。
「テオ、ありがとう」
そう言うと嬉しそうにテオは笑った。
可愛いなぁ、こういうとこ。
「では、頂こう」
オスカーさんの声で皆食べ始める。
すごく不思議なことに皆さんお箸だった。
トレイに箸がセットで付いて来て、それを当たり前のように使用している。
なんか変な感じ。
これも時見の巫女様が持って来た文化なんだろうなぁと思った。
「頂きます」
そう言って手を合わせ、箸を取る。
今日のメニューは、っと。
白米に豆腐の味噌汁、大根の漬物と野菜炒め。
ちなみに野菜炒めはキャベツらしいものと、何かの芋の千切りだった。
質素といえば質素だけど。昨日も味噌汁豆腐だったなあ。しかも本当に豆腐しか入っていない。
そして納豆がない。
昨日も納豆なかった。
私はすっと立ち上がり、
「納豆貰ってくるわ」
そう言って席を離れようとした。
「納豆ってなんだ?」
ごはんを頬張りながら、テオがそんな事を言うまでは。
「な、納豆は納豆よ。厨房にはあるでしょう?」
何言ってるの、このひと。
私は信じられない生き物を見るような目つきでテオを見た。
「聞いたことがないな」
私のすぐ側でオスカーさんが箸を止め、信じられない事を言った。
いやいや、まさか。
そんな事あるわけない。
納豆だよ? 大豆=納豆でしょ?
大豆オンリーって何するの、それ。
豆腐しか作れないじゃ……はっ!?
思わず味噌汁に目が行く。そこには、ぷかぷかと浮かぶ豆腐たち。
「うそ。嘘よ、嘘っ!!」
私は真っ青になると、悲鳴のような声を上げて厨房へと走ったのである。




