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ヤマト

ヤマト視点

立花朱鳥(たちばなあすか)


 シュテーゼン砂漠の東。アイゼン大国近郊に現れたその娘はそう名乗った。


 何百年ぶりに世界の狭間に歪みを感じて向かってみれば、その娘がいた。


 闇夜色の長い髪に同じ色の瞳。


 どのようにこちらへ入り込んだのか、身体を半分に折ってその娘は無様に転がっていた。


 私はその娘から、ほんの僅かではあるが『巫女の器』を感じ取った。


 薄弱としたその力。


 異界から来た為なのか分からないが、この地で出現する『巫女の器』は、もっと判りやすい。


 本来巫女の器というものは、神々の影響力に呼応してこの地に現れる。


 世界を跨いで巫女の器が現れるというのは、異常な出来事と言っていい。


 それはつまり、この娘がいた世界にも神々の影響が何かしらの形で顕在していたことを示している。


 それも、この世界と関わりのある、神の力が。


 人間と関わるのはこの上なく久しぶりだった。


 どのようにして巫女の器を導くかも、忘れていたくらいだ。


 もっと人間の目がある場所でこの娘が出現できていたなら、また結果は変わっていたのかもしれない。


 しかし、異界から渡って来たこの娘。


 初めて来たこの世界の中心であるシュテーゼン砂漠の中にひとり。


 右も左も分からぬこの娘を放っておく事はできなかった。


 眼に宿る意思の力は強いのに、行動が幼い。


 その危うさから目が離せなくなったのは、どの瞬間からだったか。


 私の力の行使を一度は断りながら、その力を再び求めた時。


 あの時の娘が取った作法は、目にした事がなかった。


 初めて見たはずのその作法に、言葉にも勝る恭しさを感じたのはなぜなのか。


 言葉を纏わぬあの動作。神々の恩恵を賜らんとする、敬服の意思。


 あれほど愚かに見えた娘が、途端に品格と気品を兼ね備え、まるで異なる人間へとその様を変えた瞬間だった。


 あれが立花朱鳥という人間の本質だったのか、未だに判断はつかない。


 頭が悪いわけではない。言っていることは真っ当であるのに、どこか抜けている。


 そして感情の起伏がとても激しい。


 笑ったり怒ったり、それもたった1日の中で何度目にしたか。


 理性や制御といったものが全て抜け落ちているようだった。


 まるで誰かが、彼女からその部分を抜き取ったかのように。


 だが、あの時。


 東の大国より人間がやって来たときだ。


 何を考えていたのか、砂漠に頭を押しつけて微動だにしなかった朱鳥は、彼らに気付かずに驚きの余り感情が爆発した。


 あの時、確かに私には()()()


 彼女に流れ込む外部からの影響の流れを。


 彼女の感情に吸い込まれるように引き寄せられて集い、そこに()()した。


 あのままであったなら、朱鳥の精神は崩壊していたに違いない。


 しかし、あの男が朱鳥を救った。


 朱鳥と同じ髪の色を持つあの男。


 私がこの地から離れていた間に、一体何があったのか。


 あの男は確かに、この地から生まれ出た者であるのに、なぜあの髪の色を持ち合わせたのか。


 何か目に見えない歪みが、この世界にあるように感じる。一体何がこの世界に起きているのか。


 人間達の話によれば、東の大国にはもう600年程巫女が現れていないという事だったが。


 そんな事は本来あり得ない事だ。


 人間達は巫女の血族によってその器が引き継がれると思っているようだが、実のところは違う。


 巫女の器は、その霊を以て新しく生まれ変わるのだ。


 そこに血筋の由縁は関係ない。


 その世代の巫女が亡くなれば、次の世代の巫女が現れる。


 それは、絶えず紡がれて来た巫女の時の道筋。


 それが600年も絶えるなど。何かが、おかしい。


 まるで、何かの妨害にでもあったかのようだ。


 私はその歪みの本性を確かめる為にも、朱鳥に付き従うことにした。


 東の大国は予想以上に荒れ荒んでいた。


 よもや、同じ国内で人間が人間を殺すのが日常になっているなど。


 誰もがその様を当たり前のように見つめていた。その様は余りにも愚かで、呆れるものだった。


 その中でひとり、朱鳥だけが怒っていた。


 怒り、泣いていた。


 自分の為ではなく、この世界の在り方に、悲しみ、嘆き、怒っていた。


 たった一人の人間の亡骸に。


 むざむざと野晒しにされていた亡骸に対し、心を痛めて泣いた。


 それは人が人として在る為に、決して失ってはいけない温かな輝き。


 その輝きを持つからこそ、神々は人間を愛し、加護を与える。


 その輝きを、この娘は胸の奥に大切にしまっていたのだ。


 口は悪いし、態度は大きい、感情の起伏が大きく決して器用な人間ではない。


 しかし、その輝きを忘れずに持ち合わせる者ならば、私はこの娘がその心のままに生きられるように支えて行くと、あの時決めた。


 大勢の亡骸を弔った時も、あの娘がとった行動は不思議なものであった。


 しかし、亡骸に対する慈悲と情けが、しっかりと見る者には伝わった。


 それ故に、誰も彼女の行動を止めず、咎める事もせずに見守ったのだ。


 その後、体調を崩した娘がトイレに籠り、心配して中へと入れば青白い顔をして苦しんでいた。


 額からは冷や汗が流れ、長い睫毛の下には薄らと涙が浮かぶその様を見て、私の心に動揺が走ったのを覚えている。


 息も途切れ途切れのその娘は、埋葬を主張した時の強かさは消え失せ、とても脆く、弱々しいもので。


 自分でもよく分からぬ感情が働きかけた。


 それは、苦しく辛いものだった。


 それ故に、私は娘に近付き、私の中にある力を流し込んで安定を図った。


 あの行為は紛れもなく、『導く者』の範疇を超えたものであった。


 しかし、元気を取り戻した娘の姿を見た時、とても安堵した。


 人間は強かで儚く、脆い。


 そのすべてを兼ね備えた、唯一の生命。


 ならば、守らなければならない。


 娘がその定めをまっとうする、その時まで。


 この娘の為だけならば、きっと許されるのだろうと思うのだ。


 謁見の間での出来事は、私の予想を超えたものだった。


 人が人としての在り方を忘れ、日々失われていく同胞の命にさえ感情を抱かなくなった者たち。


 そのような愚か者どもが、巫女の所有権を主張した。


 巫女は誰のものでもない。強いて誰かのものとするならば、それは神々に他ならない。


 神々が慈しむ輝きを持つあの娘を、その手にしようなどあまりにも傲慢。


 それ故に、怒りが昂った。


 この者らには渡さぬ、そう思ったからだ。


 しかし、そう思ってしまった私の心こそが傲慢であると、瞬時に悟ったが後の祭りだった。


 人に見せるべきではない姿を曝してしまったのは失態だったが、朱鳥は私に礼を言った。


 あの行為がこの娘の力になったのならば、良いと思う事にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヤマトは、こんなことを考えていたのか(*´ェ`*) 朱鳥の感じていたものとは違って、ものすごく素敵に見えるのです〜(´∀`*)ウフフ さすがヤマト! わたしの推し(*´ェ`*) (色々…
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