ご報告
昨日は陰鬱と感じさせた殺風景な石造りのその部屋は、高く連なる大きな窓から燦燦と朝日が差し込み、その歴史をも感じさせる石造りの重厚さは、今日はなぜか厳粛で荘厳にさえ見えた。
夜と朝でこんなに感じ方が変わるなんて不思議だわ。
「よく来たな。昨夜はゆっくりと休めたか」
ロウェルとミズノはユリウスの前まで歩み出るとひざまずき、私は変わらず立ったままでユリウスの声を受け止める。
ユリウスの傍らにいるライザーが私に睨みを効かせているけど、スルー。
我ながら本当によく来たと思いますよ。謁見の間、もう少し近場に作ってくれないかしら。
「はい。おかげさまで。あの和室も時見の巫女様が作られたものなんですか?」
気配り上手な男、ユリウス。今日も変わらずイケメンっぷりを発揮している。
「そうだ。時見の巫女様は実に様々なものをこの世界で作られた。あの部屋は我々には馴染みのないものなので、ずっと使われていなかったのだがな。
こうして同郷の巫女に使ってもらえれば、時見の巫女様も喜ぶだろう」
様々って他に何を作ったのかしら。
少し気になるけど、寝起きにこんな所まで呼んだのだから、まずは要件を伺いたい。お腹も空いて来たし。
「それで、なんの御用ですか?」
「本来はこの場で紹介する予定だったのだがな。其方等、どういった訳で巫女と一緒に参ったのだ」
ユリウスの視線がロウェルとミズノを指した。
「まずはどのような巫女殿なのか一目見ておきたいと思いましてな。食堂で待っておったのじゃが、待てど暮らせど現れんかったのじゃ。
それで部屋まで行ってみれば、ぐうぐうといつまでも寝ておった。張り紙までしてな。
それで叩き起こしたのじゃが、誠に寝起きの悪い女子での。時間がかかってしまったわい。
それで謁見の時間も迫ってしもうてな、そのまま一緒に来たというわけじゃ」
ありゃ。そうだったのね。それは申し訳ないことをしたわ。
私の寝起きの悪さは自慢じゃないけど、折り紙付きなのよね。
あの涼太でさえ、私を起こすことは諦めている。
和美さんが私を起こすときは、ステンレスの盥をガンガンと金づちで打ち付ける。
近所迷惑だからやめてよと言ったら、こうしないと起きないあんたが悪いと逆に責められた。
自室で寝ていたはずなのに、気が付いたらスタジオの控室で寝ていた事も何度かあった。
あんたを誘拐するのは簡単ねと、どや顔で言われたあの顔は忘れない。
このお婆ちゃんよく私の事起こせたなあと、変に感心してしまう。
「なんだと?」
ユリウスの声が少し驚きに跳ね上がる。
「ほっほっほっ。ほれ、これがその張り紙よ」
ロウェルがそう言って綺麗に折り畳んだ紙を懐から取り出すと、ライザーがそれを受け取ってユリウスに手渡した。
あれ私が書いて障子に挟んでたやつじゃないの、なんでロウェル爺ちゃんが持ってんのよ。
あんな物別に見せなくたっていいじゃない。
返してと言いたかったけど、すでに紙はユリウスの手の中で開かれていた。
「『決して眠りを邪魔するな!邪魔すると天罰が下る!』」
ああ、読んじゃった。しかもそんな大きい声で。
ユリウスが大声で言えば何かの命令にも聞こえるその内容は、たんなる眠り妨害禁止事項だ。
スタジオでの撮影の時に、私はよくこんな張り紙を出す。
そうじゃないと、色々と面倒なのよね。
自宅に居る時以外は習慣になっているし。
__愚か者めが。お主、あれにそのような事を書いておったのか。
ヤマトの呆れた様な、責めるような、そんな声が聞こえる。
だって、本当に眠かったんだもの。邪魔されたくないじゃない。
「ふっ、ははは!」
聞いた途端に渋い顔をして咎めるような目つきをしたライザーと、急に笑い出したユリウス。
二人の態度は対照的だった。
「くくくく」
よほどツボに入ったのか、ユリウスは額に手を当てて笑いを堪えている。
笑う事って健康にいいらしいよ。よかったわね、朝から笑えて。
私は今日、ユリウスの健康維持に貢献した。うんうん。
そんな事を考えながら、恥ずかし気もなく佇んでいた私をミズノ婆ちゃんが呆れた様子で見ていた。
「天罰とはまた大きく出たものだな。それに怖気づく事なく部屋に入った婆もやるではないか」
「ふん。そのような戯言相手にするはずがないじゃろ」
戯言って、婆ちゃん。私には死活問題なのよ。
寝れるときにしっかり寝ておかくちゃ。
「ほっほっほっ、あれほど生き生きとした婆は久しぶりに見たわい」
ロウェル爺ちゃんが可笑しそうに笑う。
生き生きとした?なんかあったのかしら。
首を捻る私にヤマトがため息を漏らした。
__お主、何も覚えておらぬのか? あの老婆はお主の頬を打ち、頭を打ち、身体を揺らして、精根尽きておったぞ。
なんですと。老体に鞭打ってしまったのかしら。
ユリウスの健康維持に貢献したものの、ミズノ婆ちゃんの寿命は縮めたかもしれなかった。
でも全然、覚えてない。覚えてないなら、いいか。一人でそう納得した。
「それは見物だったな」
ようやく落ち着いたのか、楽しげに笑みを浮かべながらユリウスはロウェル爺ちゃんを見つめた。
「婆もご苦労であった。アスカと申したか。其方もこれからは早く起きねばならん。そうでなければ、毎朝婆が其方を起こしに行かなくてはならなくなる」
ああ、それはちょっと可哀想かもしれない。
私を起こすのは重労働なのだと涼太も和美さんも言ってたし。
でも早起き、苦手なのよね……職業柄、元々生活は不規則だった。しかも、一人で起きるとか無理でしょ。
なんとか対策を考えなくちゃと、私は出来るはずもない対策を考えるのだった。




