まどろみ
翌朝。
アイゼン城、城内。食堂。
何百人も収める事が出来るそこでは、白々とした朝日が高い窓からその陽射しを屋内へ降り注いでいた。
ずらりと屈強な男達が席を並べて集うその場所で、オスカーはテオを呼び寄せる。
「アスカとトキはまだなのか?」
「俺も待ってるんですけど、まだ来てないみたいなんですよね」
チラチラと食べ終えた騎士たちが次々と姿を消していく出入り口に目をやりながら、テオは心配そうに眉を寄せてそう答える。
「そうか。訓練まではまだ時間があるな。見て来よう」
「あ! じゃあ、俺も一緒に行きますよ!」
二人は肩を並べて朱鳥達の棟へと向かった。
長い廊下を渡り、洋室の並ぶ棟を抜けて和室が並ぶ棟へと足を踏み入れる。
しばらく進んだその先に、廊下に一人膝を抱えて座っているトキを見つけた。
「あれっ、トキ。お前起きてたのか? アスカはどうしたんだよ。お前ここで、何してんだ?」
「あ〜……えっと、アスカは寝てる」
そう言いながらも、トキの視線は右に左へと落ち着かない。
「寝てるって。もう朝食配膳されてるぜ。このままだと朝飯食いっぱぐれるぞ」
しかたねぇなぁとテオはため息をつく。
そのテオの脇をすり抜けて、オスカーは障子の前に立ち、ふとそこに挟まれてある紙を手に取った。
「なんだ、これは」
「知らない。何か書いてあるみたいだけど、俺、字読めないし」
拗ねたようにトキがそう言い、オスカーはその紙に視線を移した。
これは、確か昨日アスカが名前を書いた時に使用していた物だ。
万年筆とは違う、筆の筆跡がある。
彼女が書いたものだろうが、生憎オスカーにもその文字は読み取れなかった。
「これって、アスカの国の文字ですか? 隊長、なんて書いてあるか分かりますか?」
ひょいっとオスカーの手元にある紙を覗いて、テオが首を傾げる。
「分からんな」
そう短く答え、オスカーはしんと静まる障子を見やる。
「アスカ。オスカーだ。起きているか?」
声をかてみても返事はない。
「アスカ。朝だ、起きろ」
続けて声をかけるが、障子の奥は静まり返ったままだ。
業をにやしたように、テオも障子に向かって叫ぶ。
「アスカ!! まだ寝てんのか!? 起きろ、この寝坊助!!」
変わらず障子の奥からは物音ひとつしない。
「仕方がないな」
オスカーがそう言って障子に手をかけると、膝を抱えて黙っていたトキが、がばっと跳ね起きてその手を制止した。
一瞬の出来事に、オスカーもテオも驚いた様子でトキを見る。
「開けちゃ、ダメだ」
ぐっとオスカーの手に重ねた手に力を込めながら俯いて、ぽつりとそう溢す。
「どういう事だ。トキ、説明しろ」
「それは……その」
オスカーの静かな問いに口籠るトキの顔が、みるみると赤くなっていく。
「お前、なに赤くなってんだ?」
その様子を見てテオが訝し気に首を捻る。
何があんだよ、と尋ねてみてもトキはそれ以上答えなかった。
「女性の部屋に押し入るのは気が引けるが、食事を摂って貰わねばならない。
その後は御当主様と謁見との言伝もあることだしな。アスカ、入るぞ」
要領を得ないトキの態度に、この後の予定も考えたオスカーは障子をすっと開けた。
そこには、大きな窓から優しく朝日が降り注ぎ、仄かに良い香りに包まれる部屋があった。
その真ん中に純白の布団が敷かれており、そこに彼女は静かに横たわっている。
すーすーと心地よい寝息を立てながら、無防備な表情をしている彼女は、身に纏った浴衣が大きくはだけ、その真っ白な肌を露わにしていた。
華奢な肩と細い首筋。着崩れた胸元からはその双峰が互いに寄せ合い、こぼれ落ちそうになっていた。
腰の帯がかろうじてその衣をつなぎ合わせ、その下に重り合うその長くほっそりとした足も、太腿ほどまで浴衣が捲れ上がり、柔らかそうな肌を惜しげもなく晒し出している。
一瞬の沈黙の後、オスカーは静かに障子を閉じた。
トキとテオの顔は真っ赤だ。
トキはうつむき、テオは口に手を当てて顔を横に反らし、オスカーは難しそうな顔をして立ち尽くす。
誰も言葉を出せず、沈黙だけが流れる。
しばらくして、その沈黙を破ったのはオスカーだった。
「昨日の疲れがまだ残っているのだろう。まだ暫くは寝かせておくとしよう」
そっ、そうですね! と慌ててテオが同意する。
それがいいよ、とトキも呟き、その場を後にしようと部屋に背を向けると
「巫女殿の部屋はこちらですかな?」
そこには、二人の老体が肩を並べて立っていた。




