あいつのもとへ~涼太編~
涼太編はヒロインとはまた趣向の違ったものとなっています。
宜しくお付き合い下さい。
『涼ちゃん!! よかった、無事だったのね?』
電話越しに聞こえてくる声は蜂蜜のように甘美で、それでいて艶めかしい。
俺にとっては聞き慣れた声だ。普段はゆったりとした話し方をする彼女のだが、いまは焦りが見える。
「ああ。麗花さん。俺は無事ですよ。そっちは大丈夫ですか?」
今の地震で停電にでもなったのか、エレベーターのボタンを何回押しても反応がない。
これなら階段で降りた方が早いな。
俺は辺りを見渡し、緑に光る非常階段の電光掲示板を見つけて足を向けた。
『ええ、こっちは大丈夫よ。今Bスタジオにいるんだけど停電になったみたいだわ』
やっぱり停電か。
『あの娘に何回も電話しているのだけど全然繋がらないのよ!』
俺は内心舌打ちを打つ。
本当は俺も真っ先にあいつに電話したかったけど、その矢先に麗花さんから着信があったのだ。
俺は非常階段へ続くドアノブに手をかける。ぎぃっと重い音を立ててドアを押し開き、目の前にある階段を数段飛ばしながら駆け降りた。
『わたしはしばらく身動きがとれないの。だからあの娘の様子を……』
「わかってます」
みないい終わらない内に麗花さんの言葉を遮る。
一刻も早く電話を切ってあいつに連絡したかった。
「携帯の回線は混線してこの後は繋がらなくなるかもしれません。動けるようになっても、俺が行くまでそこから動かないでください。いいですか?」
『わかったわ。ここで待っています。どうかあの娘をお願い』
麗花さんは小さくふるえる声で懇願した。
きっと自分で探しに行きたいだろうに、もどかしさと不安で胸がいっぱいなんだろう。
彼女の気持ちを思えば、俺も胸が苦しくなる。
麗花さんはあいつと同様に小さい頃からずっと一緒で、俺にとっても母さんのようなひとだ。できることなら早めに不安を解消してあげたかった。俺は駆け降りる足を速める。
「あまり心配しないで待っていてください。必ずあいつを連れてそっちに行きますから」
はあはあと息が切れ始めていたが、極力穏やかな声で語りかける。
あいつはきっと大丈夫だ。
最近、関東地方では地震が相次ぎ、専門家は大地震の予兆の可能性があると騒ぎ立て、それに付随して震災時の対策を取り扱うニュースが増えていた。
いつだったか非常用持ち出しバックの解説をしていた番組を食い入るように見つめていたあいつは、翌日には大型のバックパックを三つ購入しパンパンに中身を詰めて準備をしていた。
試しに持ってみたら男の俺でさえ苦労する重さだった。
どうやってあんなバックを三つも運ぶんだ。
ため息交じりにそう突っ込んだが、なんとかなるといってケラケラと脳天気に笑っていたっけ。
麗花さんの反対を押し切って強行した一人暮らしのアパートも防犯対策のために二階より上の階にしろとあれだけいったのに、何があってもすぐに逃げられるようにと一階の部屋に決めてしまった。
いつ起こるかわからない地震のためにそうまでしなくても。
俺を含めた誰もが思ったに違いない。
だけどこうなってみれば無駄に思えたあれらの準備が活きてくる。
だからきっとあいつは無事なはずだ。
『ええ、そうね。涼ちゃんなら安心だわ』
小さく安堵のため息をもらしながら、幾分か麗花さんの声に穏やかさが戻る。
その声を聞いて俺の心もわずかばかりほぐれた。
「じゃあ、また後で」
『ええ』
通話ボタンを切って、すばやく短縮ダイアルをタップ。
《只今回線が混みあっております。しばらく時間を置いてからおかけ直し下さい》
ちっと舌打ちをし、また切ってかけ直す。
回線が繋がるまでの数秒、俺は階段の手すりに手をかけ遠心力を使って回り込む。
《只今回線が混みあっております。しばらく時間を置いてからおかけ直し下さい》
すぐに電話を切りリダイアル。
だけどまた同じメッセージが流れる。
くそ! 繋がれ!!
何度も流れる音声案内に苛立つ。
携帯に集中すると足元がおぼつかなくなる。
一旦、降りる事に集中して玄関に着いてからかけ直すかと思い直した時だった。
プルルルル……
俺の携帯が鳴った。思わず足を止めて着信相手を確かめると画面には『鈴木圭一』の文字。俺のマネージャーだ。
一瞬でるかどうか悩み、ため息をついて通話に切り替えた。
「はい。俺。無事」
どうせ安否確認だろう。
相手が聞きたいであろう答えを一方的に言い放ち電話を切ろうとした……が、
『涼太! 無事でよかったよ! いまどこにいたんだい? 迎えに行くから!』
ガンガンと響く大声で叫ばれて、思わず顔をしかめてスマホを耳から離してしまった。
『僕はいま金町の辺りにいるんだけど、きみは自宅にいたのかい?』
金町というワードにピクリと眉が動く。
金町ならあいつの家までそれほど距離がない。
それなら俺よりも圭一さんの方が早く着くかもしれない。
「圭一さん。俺も今あいつんちに向かおうとしてたけど、位置的に圭一さんの方が早く着くと思うんです。一足先にあいつの所に行って保護してもらいたいんですけど」
話しながら再び階段を駆け下りる。コンクリートの壁で狭く囲われたこの場所では声がやたらと響き渡った。
『そういえば最近引っ越したんだったね。うん、確かにここからならそんなに距離はないよ。今、和美さんも一緒でね、きみを迎えに行った後は彼女のことも迎えに行くつもりだったんだよ』
和美さんは同じ事務所のマネージャーで、あいつの専属マネだ。
もともとは麗花さんのマネだったこともあり、圭一さんにとっては先輩にあたる人物だ。
あいつが一人暮らしを始める前までは、俺もしょっちゅうあいつんちに出入りしていたし、二人が肩を並べて迎えに来ることも珍しくなかった。
マネージャーとしてあいつを心配するのは当然だろうが、圭一さんまで動くのは長年の付き合いで慣れ親しんだせいもあるだろう。
車があるなら断然俺より早く着くだろうし、なんといっても和美さんがいれば心強い。
『ちょっと貸しなさいよ! 涼太くん!? 和美よ! あの娘と全然連絡つかないんだけど、涼太くんはどう? 連絡取れたかしら!?』
ちょっと! と奥で圭一さんの非難めいた声が聞こえたと思ったら、和美さんが変わってまくし立てた。
「いえ、俺もまだ連絡は取れていません。俺もすぐあいつんちに向かいます。俺は大丈夫なので先にあいつの所に向かってください」
圭一さんはごねるかもしれないが、和美さんなら二つ返事で応えてくれるはずだ。
『わかったわ!!』
ブツ……ツーツー
予想どうり言い終えるや否や電話は切れた。
さすが和美さんだ。話が早い。いまはのらりくらりと電話をしている場合ではないんだ。
何よりもあいつを優先する点において俺と和美さんは通じるものがある。
その後はスマホをしまい、全力で階段を駆け下りた。
やっと一階に辿り着き、勢いのままに非常口を押し開く。
エントランスを抜けて外に出るとむわっとした熱気にさらされた。
いままで冷房の効いた屋内にいたせいで温度差と湿気に充てられ不快指数が一気に増す。
急に汗ばんだ首筋を拭い、タクシーを拾おうと大通りに目を向ければ、ぎっしりと積み重なったブロックのごとく色とりどりの車両が不動のままに長蛇の列を成していた。
見渡す限り、びっしりと道を埋め尽くす無数の車。
苛立った運転手が何度もクラクションを鳴らし、たでさえ蒸し暑い夜の都会に不快さを加えてゆく。
「嘘だろ」
絶望が、言葉となってこぼれた。
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