あてがわれた部屋
例の蒼い光の転移陣から抜け出して廊下へと続く扉をくぐり、私はほっと胸を撫でおろした。
どっと疲れが押し寄せてくる。
巫女の件と新たに発覚した事実。頭をフル回転させてユリウスと対峙した。
ヤマト、怖かったなぁと思うと同時に感謝の気持ちも湧き上がる。
「ヤマト。助かったわ。ありがとう」
胸に抱きしめたヤマトに顔を埋めてお礼を言う。
__良い。我もあの者達の言い分には思う所があったのでな。
「そっか。それにしても、私初めて聞いたわよ。あなたが神様から遣わされた者だったなんて」
使徒とか言うのかしら。まさか、あんなダークなオーラ纏って天使とか言わないでしょうね。
もしそうなら絶対堕天使だ。
__元来より、巫女と導く者は対となる存在だ。巫女が現れれば、導く者もその姿を現すもの。長く巫女を持たなかった故、そのようなことも知らなかったと見える。
「へえ」
砂漠で一心同体とか言っていたのは、そういう意味だったのかな。
それにしても、ヤマトを纏っていたあの紅いメラメラはなんだったんだろう。
ぶっちゃけ、悪魔みたいだったわよ……黒猫だし、余計に怖いわ。
そんなことを話していると、廊下の奥からパタパタと走ってくる足音が聞こえて顔を上げてみれば、ここへ案内してくれたミカンだった。
はぁはぁと息を切らして私達の前に来て足を止めると、胸を押さえて息を整える。
「ミカン。そんなに慌ててどうしたの?」
きょとんとして私が尋ねると、
「御当主様より連絡がありまして、巫女様とお連れの方の部屋を準備するように申し付かったのです。
部屋はきちんと準備したのですが、ここから遠くて。お迎えに上がるのに時間がかかってしまいました」
「ああ。そうだったの。わざわざごめんなさいね」
そう言うと、いえ、と短く答えてミカンは私達を部屋まで案内してくれた。
「お連れの方は先に湯殿で疲れを取って頂いています。そのうち、お部屋に戻って来られるでしょう」
__トキといったあの少年、一人であの風呂場に入ったのか? あれほどの広い浴場で無事であればよいが。
ヤマトの言葉にはっとする。
確かに私にとっては見慣れた温泉のような浴場だったけど、トキにしてみればどうだろう。
石鹸の使い方とか、まさか浴室内で転倒とか、そんなことになっていないよね?
「あの、トキは一人で入浴しているの?」
様々なことを考えて途端に不安になり、ミカンに尋ねてみると、タンポポが咲いたように可愛らしい笑みを浮かべて答えてくれた。
「いいえ。一緒にお待ちになっていたテオ様が、俺が案内してやると言って手を引いて行かれたので、お二人で入浴されていると思います」
そっか。良かった。テオとトキは同い年だし気が合う所もあるのかもしれない。
勝手知るテオと一緒なら私も安心だわ。
元々あの集落でどういった生活を送っていたのか知らないけど、お城と集落では雲泥の差だろうし。
それにしても相変わらず長い道のりで、お風呂に入ってせっかく温まった身体もとっくに冷めてしまった。
「あの御当主様がいた部屋に行く時の、転移陣みたいなので近くまで行けないの?」
あれがあればひとっ飛びなのに。
これだけ城内が広いのだから、他にもあるんじゃないかと思って聞いてみたんだけど。
「あの転移陣は御当主様の謁見の間に続くものですが、他に稼働している転移陣があるというお話は聞いたことがありませんね」
「そうなの」
まあ、他にあればわざわざあんなに息を切らしてミカンが走って来るわけもないか。
少しだけがっかりしながら、私は大人しくミカンの案内に付いて行く事にした。
とっくにあの謁見の間に続く転移陣からの道筋も忘れた頃、私達はようやく用意された部屋へと辿り着いた。
「こちらになります」
ミカンがその場に膝を付き、そう言ってそっと障子を開けてくれた。
そう、障子だ。
途中までは普通のドアノブの付いた部屋が並んでいたのに、案内され部屋はさらにその先の、和室だった。
障子が開かれると、いぐさの香りが鼻をかすめた。
畳があった。部屋は広くて、おそらく10畳以上はある。
部屋の突き当たりには大きく広い窓があり、月明かりが優しく差し込んでいる。
その窓の下には、木造りのテーブルと椅子。
まるで旅館の一室。それがそこにあった。
「うそ」
時見の巫女が、元の世界から言語をこっちの世界にも用いた事は聞いた。
あのお風呂場の暖簾も巫女が持って来たものだと。
そういえば、サワナの大豆も時見の巫女が育てたとか聞いた気がする。
でも畳まで?
まさか畳を丸ごと持ってくる事はしないだろう。
それなら、この世界で畳を作らせたという事なのかしら。
そりゃあ、純日本人の私としては、温泉のあとの和室の布団に浴衣でごろ寝は最高ですよ。
思わず、わかってるね~と言いたくなる粋なはからいだけど。
「こちらのお部屋は、御当主様が先代の巫女様と同郷ならばこちらの部屋が良いだろうと仰って、準備させて頂きました。浴衣もございますよ」
浴衣もあるの!?
なんとまあ、至れり尽くせりじゃないの!
そういえば、私服の替えは詰めていたけど寝間着代わりになるもは準備してなかったんだわ。
ありがたく使わせていただこう。
それにしても、和室まであったとは驚きを隠せない。
私と同じ世界から来たという時見の巫女様もこの部屋を使ったのかしら。
この部屋で、元の世界に思いを馳せたりしたんだろうか。ふと、そんなことを思った。
とにかく気を遣ってくれたユリウスには感謝しないとね。
「ユリウスに、お気遣いありがとうございます、と伝えて貰えるかしら」
「はい。必ず」
そう言ってミカンはまたタンポポのように可愛らしい笑みを浮かべた。




