住む場所確保
途端に空気が緩み、息苦しさも嘘のように消え失せる。
うん。なんかよく分からないうちに話は纏まったみたい。
黒猫が宙に浮いて喋るなんて、ホラー以外の何者でもないけど。
とにかく、あのうるさかったライザーも黙ったし、この調子なら交換条件を出されることもなく、中央大国への入国も許可してくれるでしょう。
私利私欲は捨てろと言われて了承していた訳だし、それなら私がここに留まって寝床を確保しても政治に利用される事もない。
意地を張ってここを出て食べ物に困りながら生活するよりも、ここにいた方が何かと都合がいいはずだわ。
わざわざ遠いサワナに行かなくても、ユリウスから入国許可も貰えるし。
瞬時に脳内で算段を整える。
「そういう訳ですから、私は連れて来たトキと一緒にここにお世話になることにします。中央大国に入国する際には、貴方の協力が必要となりますので、その時は宜しくお願いします」
けろっとヤマトが立てた手柄を一手に我が物にし、そう伝える。
でも私は別に冷たい人間ではない。
「恩を売るような人間は嫌いだけど、あなたが中央大国の入国に協力してくれれば、その時は、私の出来る範囲でその恩は返させて貰うわ。それでいいかしら」
私がそう言うと、ユリウスは俯いていた顔を上げた。
さらりと額に零れ落ちた髪の毛の間から、一筋の流れる汗が見えた。
「あ、ああ。我らも協力は惜しまぬ。滞在中に何か必要な物があれば、申し付けてくれて構わない」
あらあら。随分としおらしくなっちゃって。
あの虎視眈々と獲物を狙うかのような眼光は砕け散り、焦燥の色が濃い。
ヤマトさん怖かったもんね。
ユリウスが肩の力を抜いて小さく溜息をつき、そう答えると、周りからどさっどさっと立て続けに音がした。
え?
振り返ると、平伏していた兵士達の顔色が悪い。
血の気が抜かれて真っ白になり、ずっと息を止めていたのかと思うほど、肩で荒く呼吸を繰り返している。
尻もちを付いたり、体勢を崩してその場にへたり込む兵士達。
私は、はっとしてオスカーさんを見た。
私の少し前でひざまずいていたオスカーさんの姿勢は変わらなかったけど、大丈夫かしら。
「オスカーさん!」
慌てて駆け寄って彼の顔を覗くと、やはり血の気を失ったかのように顔は蒼白で、額からは薄らと汗が流れている。
「大丈夫ですか!」
今にも死んでしまいそうなその顔色に、私の顔まで青くなる。
「大丈夫だ」
参ったな、と小さく呟いて少し乱れた前髪と汗を指先で掻き上げたその様に、思わず見惚れてしまう。
色男、万歳。
__このような時に何を考えているのだ、不埒者め。
ヤマトの声に振り返る。
ごめんね、不埒者で。
でも色っぽかったんだよ、わかってくれませんか?
「それじゃあ、他に用事がなければ、私はこれで失礼します。トキも玄関で待たせたままですし。
オスカーさんは、どうしますか? 一緒に戻りますか?」
立ち上がるのも酷そうだけど、そう声をかけるとオスカーさんは静かに首を横に振り、私はまだここですることがあると告げた。
「そうですか。じゃあ、私は先に失礼します。おやすみなさい」
荷物を纏めて再び背負い、ぺこりと頭を下げてヤマトを腕の中に抱く。
__アスカよ。
ヤマトが私に囁いた。
私は青く光る柱の前で立ち止まり、その場にいる人達を振り返る。
「ヤマトが自分のことはここだけの話にしろって。他言無用だと言ってます。それじゃ」
そう言い残して、私は青い光の中へと姿を消した。
朱鳥の姿が消えた広間には静寂が広がっていた。一同の顔には、疲労の色が濃く浮かんでいる。
「なんと言うことだ……」
誰ともつかぬ、呟きだけが滲みのように静かに広がった。




