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おニャンコ様浮遊する

 えっと、なんだっけ?


 ヤマトの言葉によれば、異世界を渡る為には更なる巫女の力の解放が必要で、その為には中央大国の巫女の力を借りなければならなくて、そこに行くには当主の許可がいる、と。

 

 私は頭を抱えながら、懸命に考えを回す。


 穴があるはずだ。


 このままでは、私は帰るためにはここに残らなくてはいけなくなる。


 当主はおそらく、中央大国の入国の許可と引き換えに私をこの国の巫女に据えるつもりだ。


 考えて。考えるの。


「中央大国の入国の許可がいると言ったわね。でもそれって、貴方だけが出せるものなのかしら」


 そうよ、そんなのおかしい。


 ぽつりと呟くように零れた私の言葉に、ユリウスのこめかみが小さく動いたのを私は見逃さなかった。


「このアイゼンには、大豆が特産物としてあるそうね。そして、大豆は古くから中央大国と取引があると聞いたわ。


 大豆の産地であるサワナはここから、馬で一週間もかかるとか。


 大豆を取引として使う度に、毎回そんな時間を労してわざわざここまで取引の許可を取りに来るかしら?


 既にいつでも中央大国に入国出来る様に措置が取ってある、と考えるのが妥当じゃないかしら。


 あの、門に掲げた何か。あれが入国の許可証代わりなら、大豆農家の代表者の手にでもそれは保管されているという事でしょう。


 それでなければ、他国と取引をする為に往復で二週間もの時間を浪費することになる。そんな無駄手間、かけるはずないわ」


 それもアイゼン国に於いては、の話だ。


 ヤマトは言っていた。


 シュテーゼン砂漠を中心に、東西南北に大国があるのだと。テオからは南の大国パラガスの名前も出た。


 それらの国が中央大国と取引をしていない、なんて事があるかしら。


 こんな廃れた国でさえ、取引があるのに。


 それなら、中央大国の許可はユリウスに限ったことではないはずだ。


 国の代表者、またはそれに連なる者、それらの人間がおそらく中央大国に入国出来る許可を与えられる。


「それに。あの許可証」


 思い出す。オスカーさんが門番に差し出した許可証。


 あまりに突然で目にした事のない光景に凄く驚いて興奮してしまったけれど。あれは、きっと。


「すべての個人を特定出来る物じゃない」


 最初は騎士団ひとりひとりを特定して、許可が降りているのかと思った。


 もしくは、この城に出入りする人間としての大枠で。


 でもそれなら、突発的にその列に加わっていたトキや異世界から来た私が通れるのもおかしい。


「許可証を持った人の周囲を集団として通過させる事が出来る。そんな所じゃないかしら。それなら私がサワナへ行き、取引の際に同行させて貰っても中央大国に入国出来るはずだわ」


「違うかしら」


 その澄んだ夜色の瞳に確信にも似た色を映して自分を見つめる朱鳥の言葉に、ユリウスは舌を巻く。


 なんと考察力の鋭い娘なのか。


 大豆の話はここに来る旅路の最中にでも耳にしたか。


 オスカーに渡していた許可証代わりの水晶石(クリスタル)


 この娘はその使い方を一度目にしただけで、ここまで深く考察してのけた。


 オスカーからの報告では、馬に驚いて過呼吸を起こし、我儘を言って野党に襲われた集落の埋葬をしたのだと聞いていた。


 首にある大きな青痣は、元の世界で事故に遭い付いたものだと。


 その話を聞いた印象は自己の感情を制御出来ぬ、世間知らずの間抜けだというものだ。


 それが、蓋を開けてみればこの通りだ。


 元の世界へ帰りたいと言う娘に対し、神々の力を得たければ私の力添えがいるのだと言えば、黙して頷くのだと踏んでいたが。


 クリスタルが持つ効果範囲も、サワナの領主に商いの為にクリスタルを与えている事も見抜かれた。


 それを肯定してしまっては、彼女がここに留まる理由もなくなる。


 だが、あくまで証拠のない推察だ。


 ここは一先ず、嘘をついてでも引き留めなくてはならないな。


 短く逡巡した後、ユリウスは頭に並べた言葉を口に出そうとした。


 しかし、それは怒りを込めた男の声によって遮られる事となる。


「愚かな! そもそも、お前を見つけて、連れて来たのは、我々ではないか! その恩義は我々に返すべきであろう!」


 ライザーが身を乗り出し、怒りに顔を真っ赤にして声を荒げた。

 

 その身勝手な主張に、私は瞬時に怒り心頭だ。


「だから、別に頼んでないって言ってるでしょう。私はただ砂漠から出たかっただけ。


 勝手にここに連れて来て、恩を売ろうなんて、浅はかにも程があるわ。私が先にサワナに行っていたら、どうするつもりだったのよ。


 もしくは、違う国へ先に入国していたら、どう主張するつもりなの。私は貴方の物じゃない」


 先取り合戦のようだ。私が先だ! こっちが先だ! とでも騒ぐつもりなの? 馬鹿じゃないの。


「お前は我が国の伝承によって伝えられた巫女なのだ。我が国が所有することは必然である!」


 また勝手なことを言う。所有ですって? 本当にふざけた男だわ。


「時見の巫女様の予知には、私がこのアイゼン国の巫女であると明記されているのかしら。


 オスカーさんからは、今日この日、シュテーゼン砂漠の東に巫女現るという内容しか記されていなかったと聞いたけど?」


 それなら、別にこの国の巫女になる必要もない。


「それは……! しかし! 我が国の伝承がなければ、お前を見つけることは叶わなかったのだ。お前を見つけた功績は我らにある」


 お前の功績じゃなくて、時見の巫女の功績でしょ。


 どこまでもどこまでも身勝手な言い分に、腹が立って血管の一本や二本、ぷちんと切れてしまいそう。


 あんたねぇ、いい加減にしなさいよ! と思わず怒鳴り散らそうした時だった。


 ずっと傍で沈黙を守っていたヤマトが、スタスタと私の前に歩み出た。


 そのヤマトが。


 全身にゆらゆらと揺れる深紅のベールを纏って、ふわりと宙に浮いた。


 私は散らかした荷物を前に、その異様な光景を口をあんぐりと開けて凝視する。


 突如としてそこに闇夜が舞い降りた。


 闇夜に溶けるがごとく黒猫が浮かび上がるその様は、異形の者に他ならない。


 それを目の当たりにした者達は、仰天して恐怖に顔を歪め、小さな悲鳴をあげた。


 や、ヤマトさん、浮いてますよ、あなた。


 しかも、なんか紅く光ってますけど。


 ど、どうしちゃったの、ヤマトさんよ。




 __静まれ、愚か者どもよ__





 ヤマトの声が怒りを帯び、重圧を持って響き渡った。

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