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御当主様登場

オスカーさんに続いて、わたしも歩みを進める。


 まったく風呂上がりにこんな所に連れてこないで欲しい。

 あまりに殺風景で風邪でも引いてしまいそう。

 なかばほどまで進み出るとオスカーさんは片膝を立ててひざまずいた。


わたしは隣に突っ立ったままで、じっと壇上の男のひとをみつめる。

 彼は悠然と頬杖をつき、冷え冷えとする青い瞳をわたしに向けていた。

 白皙の肌に襟足の長い金髪。氷像のように整った容貌からは怜悧さがうかがえた。

 このひとが当主なのかしら。


「おい、無礼であろう。御当主様の御前であるぞ。ひざまずけ」


 怫然とした声は、彼の隣に佇む男から発せられたものだった。

 厳めしい顔立ちで、わたしを睨みつける灰青の目には耐えようのない苛立ちが満ちている。だけどわたしは泰然と返した。


「なぜですか」


「なぜだと? こちらに座すのはこのアイゼン国を治める御当主様だ! その御前にいるのにあたまを下げぬとは、どういう了見なのだ!」


「そうね。まず、わたしはこの世界の人間じゃないし、アイゼンにはなんの義理も縁もないの。ここに来たのも頼まれたからよ。それなのに、なぜわたしがあたまを下げなきゃならないの?」


「この世界の者ではないとは、どういうことなのだ」


「そのまんまの意味よ。ここはわたしがいた世界とは全く違う。地震が起きて窓から転がったら……シュテーゼン砂漠だったかしら? あそこにいたのよ。わたしはさっさと元の世界に帰りたいの」


 周囲の騎士達がざわめく。しかしと男は小さく鼻で嘲弄するに留まった。

 

「にわかには信じられん。異世界の人間だと? そんなことは神にしか行えぬことだ!」


「わたしは神じゃないけどそうなったのよ。この世界に来ようとしたわけでも、来たかったわけでもないけど気づいたら来ていたの。神にしかできないって言われても困るわ」


「嘘をついているだけではないのか。この国の民であるのに御当主様の前で跪かぬなど無礼千万。打ち首にも値する非礼であるぞ。おまえが異世界の人間だという証拠はどこにあるのだ!」


 なんでわけわかんない世界に来て首切られなきゃならないわけ。

 わたしは思いっきり顔をしかめてその場に座り込み、バックパックをひっくり返して中身を全部ぶちまけた。


 でてきたのは冷感スプレーと水の入ったペットボトル。

 あ、もう一本しかない。


それと鯖と焼き鳥の缶詰が数個ずつ、カップラーメン、お菓子とバスタオルが一枚と、化粧ポーチ。着替え数着、懐中電灯、暇つぶし用の雑誌とノートとペン。最後にソーラー式の携帯充電器が床に転がった。


 ぷらぷらと充電器をつまみあげ、携帯なかったら意味ないじゃん! とガッカリした。

 携帯どこに置いてきたか忘れちゃった。


 この中で異世界から来た証拠ね。

 全部あっちの世界のものだし証拠になるんだけど、何を見せれば納得するのかしら。

 腕を組んでうーんと唸ってみる。


 ハイテクさでいったら充電器なんだけど、携帯がなければ意味を成さない。

 やっぱりオスカーさんも驚いた冷却スプレー噴射するのが一番いいかなと考えたとき。


「待て」


 少しだけ高い声が朗々と響いた。

 気怠そうにこちらをみていた若き当主が、すっと目を細める。

しかし彼が唇を動かす前に声を荒らげたのは、隣にいる厳めしい男だった。

 

「娘! 御前でそのように物を散らかすなど無礼であろう!」


 さっきから失礼無礼ってうるさいわね、このひと。


「証拠っていうから探してるのよ。これ全部わたしの世界から持ってきた物だから、この世界にはないはずよ」


 そうはいったものの、ぶっちゃけ不安だった。


 なんせわたしはあの暖簾を目にしている。


 それなら鯖缶のひとつやふたつはあってもおかしくないと思ったし、水だって別に普通だし、このローテクだかハイテクだか分からない世界で懐中電灯があるかないかも分からない。


 オスカーさん達が驚いたのは冷感スプレーだった。


 トキは菓子パンも見たことがないって言ってたけど、全部食べさせてしまったし。

 ひとつくらい残しておけばよかった。


「待てと言っているのだ。ライザー、お前は黙っていろ」


 ピシリと射貫くように言葉を発し、当主は優雅に立ち上がった。


 はっ! 申し訳ありません! とライザーと呼ばれた男がひざまずく。

 当主は豪華な純白の衣服を身に纏い、悠然と階段を下りるとわたしの前で立ち止まった。

 近くでみるほどに、美しい顔立ちの男だった。

 まさに王子様。

 こんな場面でなければ女友達と手を取り合ってキャーキャー騒ぐところだ。


「娘、そのほう名は何という」


 歳のわりに落ち着いた声で問われて、わたしは眉を跳ね上げる。


「相手の名前を聞く前に名乗るのは常識でしょう。わたしの名前が知りたいなら、先に名乗ったらどうなの」


 ライザーが、なっ! と咎める声を上げたのを彼は鋭い視線を向けて制止する。

 だけど再びこちらに向けられた瞳は優しげにほころび、唇には微笑が浮かぶ。

 その切り替えのはやさが妙に気持ち悪かった。


「その通りだな。失礼した。わたしの名はユリウス・アイゼン・ブラックウェル。先代から『頼朝』の名を継ぐ者だ」 



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