砂漠の案内人
どれくらいの間、この殺伐とした風景を見ていたんだろう。
どれだけ見つめても景色は変わらない。建物ひとつない砂の大地は終わりなどないように浩然と広がり、まったく湿気を感じさせない風が砂丘をなでる。青空はどこまでも遠く、地平線で黄色の大地と交わりを果たしていた。
人っ子一人見当たらないその場所で、ぽつんと佇むわたしは大海原に漂う木の葉のよう。
(いい加減に現実をみなければ)
モデルの撮影で何度か砂漠に行ったことがあるけど、砂漠に道案内は必須。現地民がいなければすぐに迷う。
振り返るとおニャンコ様は置物になったように身動ぎせずにそこにいた。
わたしは真剣な表情でおニャンコ様を見つめ、思案に耽る。
おニャンコ様はここがどこなのか知っているようだった。
それなら現地民といっても過言ではないんじゃないかしら。
現地民もとい、現地猫様だ。
そこでハッと思い出した。
そういえばおニャンコ様自分のことなんていってた?
導く者とかいってなかった?
そうか、そういうことだったのね!
わたしはおもむろにおニャンコ様の前にひざまずき、できるだけ真剣な面持ちで口を切る。もとの世界でこんなことをしている人がいたら距離を取るところだ。
「おニャンコ様」
ーーどうしたのだ。もう景色は堪能したのか?
景色……今まで黙っていたのは景色を堪能させようとしてたってことね。じゃあ、やっぱりおニャンコ様はガイドなんだわ。そうと知っていれば失礼な物言いはしなかったのに。
話せる猫のガイドなんて聞いたことがないけど、素晴らしきファンタジーの世界に入り込んだと思って受け入れるしかない。順応力が高いのはわたしの長所でもある。まずは先ほどの非礼を詫びて、ご機嫌を取らなくては。
「おニャンコ様。わたくし、勘違いをしておりました。ぜひおニャンコ様のお力をお借りしたく存じます。そしてわたくしを在るべき場所へ導いてくださいますよう、改めてお願い致します」
言葉遣いを改め、舌を噛みそうになりながら慣れないセリフを真剣に述べる。
そして両膝を折って背筋を伸ばし、指を綺麗に揃えて三角を作り、悠然とした動作で頭を垂れた。
これは日本舞踊の先生から習った「お辞儀」なんだけど、おニャンコ様に意味が理解できるかどうか。
だけど頼みごとをする時に思いつくのってこれしかなかった。
異世界なんだと割り切っていても、猫に頭を下げるというこの行為。
一瞬でも我に返ると悶えたくなくほどおかしく、同時に羞恥がこみあげる。
しかしここで笑うわけにはいかない。
わたしは額を砂に押しつけ、必死に奥歯を噛みしめた。
だけど、おニャンコ様から反応がない。
(やっぱり理解できなかったのかしら)
チラッと視線をあげた矢先、おニャンコ様が歩みでた。
音を立てず、しなやかな動きで歩みよる。その立ち居振る舞いの優雅なこと。
真っ直ぐにわたしをとらえる金色の瞳は輝きを増し、紅い瞳孔はルビーのように燃えていた。
どことなく全体的な雰囲気が変わった気がして、つい魅入ってしまう。
――お主の名を明かすがよい、ヒトの子よ。それが我らの繋がりをさらに強く結びつけることになるであろう。
「わたしの名は立花朱鳥と申します。年齢は十七歳、誕生日は八月十日。星座は獅子座。血液型はO型。好きなことは食べることです! どうぞ宜しくお願い致します!」
頭に響き渡る声に動揺しつつも、なんだか気合が入りすぎて余計な自己紹介までしてしまった。
――ではその頭を垂らし、額を差しだすがよい。
きた。砂漠の案内を頼むのになんてリスキーな。
爪痕でもつけられたらどうしよう。
わたしはごくりと生唾を飲みこみ、緊張した面持ちで額を突きだす。
するとおもむろに暖かいものが額に触れた。
ピトっとした感触があって、もふもふの毛じゃないことだけはわかった。
妙にすべすべしてるし、どの部分だろう?
わたしは神妙な顔つきで、ひっそりと眉をよせる。
――此の者、時の狭間より我らの地に還りし者なり。タチバナ・アスカの魂に寂滅し御力を再び呼び覚まさん。我が霊との繋がりを以て導かん。
おニャン子様の言葉はまるで呪文のようだった。
終わると同時に額が温かくなり、ぽうっと小さな光が灯る。
視界の隅にもふもふの前足がかすめたのは、額に触れていたものが離れた時。
(あ。もしかしてピトっとしたの肉球かなっ?)
頭を下げた人間の額に猫が手を置くって。
まるで猿軍団の一芸みたいじゃないの。
その絵面を想像したら、またしても笑いが込み上げた。
でもまだ終わったわけじゃなかったらしい。
再びおニャンコ様の声が頭に響き渡る。
――此の者、タチバナ・アスカは彼の火の月より恩恵を受けし者なり。紅蓮の神ダグヴァ、我が言霊に応えよ。此の者に祝福を与え給え。
紅蓮の神ダグヴァ?
よく分からないけど、祝福っていってるんだから悪いものじゃないはずよね。
それなら、もらえるものはもらっておきましょう。
――よく決意した。これで我らは一心同体。共に力を合わせ、務めを果たそうぞ。
その言葉にようやく顔を上げて、わたしは満面の笑みを浮かべた。額に触れてみても異常はない。ああ、本当によかった。
「はい! よろしくお願いします! ではどちらの方向に向かえばよろしいですか!?」
気分も晴れやかにわたしは意気込んだ。
額に傷をつくる覚悟をしてまでおニャンコ様のいうことを聞いたのは、このためなのだ。
さあ、おニャンコ様。我を導きたまえ!
――ふむ。此処はシュテーゼン砂漠東部に位置する。シュテーゼン砂漠には中央にひとつ、東西南北に各一つずつ大国があったと記憶している。
「なるほど。じゃあ一番近い東の大国に向かえばいいんですね」
――理論的にはそうなるであろう。
「理論的? どういう意味ですか?」
――我が以前に此の地に降りてからかなり久しい。大昔の記憶こそあれど、王国が現存しているのかどうかは預かり知らぬところである。
……なんですって?
「……おニャンコ様。ひとつ伺いますけど、おニャンコ様がおっしゃる大昔っていうのは、何年くらい前のお話なんですか?」
――そうさな。おおよそ一千年程前になるか。
「いっ、一千年!?」
さらりと言い放ったおニャン子様の言葉に愕然とする。
おニャンコ様。化け猫として生きるにも限度ってものがあると思う。
しかし一千年かあ。それじゃあ本当に王国が現存しているか怪しい。
でもずっとここにいるわけにもいかないし……
「とりあえず向かってみましょう。東はどっちですか?」
――知らぬ。
「……え?」
――知らぬと言ったのだ。我らは方角などアテにしたことなどない。
あ、アテにしたことがないって……じゃあ、どうするのよ!?
頼みの猫がまったく頼りにならないことを実感したわたしは青ざめる。
一か八かで探してみる!?
でも方角がわからないのに砂漠を動き回ったら体力を無駄に消費するだけだし、水はバックパックに入ってるけどいつまで保つか……
やっぱりそんなの自殺行為にしかならないじゃないの。
「うーん!」
どうしよう。このままでは砂漠の干物になってしまう!
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