憂い~圭一視点~
「ねぇ。あの子、大丈夫かしら」
途中合流した和美さんと肩を並べながらアパートに向かう。
彼女があの子、と指すのはたいてい朱鳥ちゃんのことだ。
けれど、きっと今のは違うんだろう。
「涼太のことかい?」
彼女はこくりと頷き、遠くに視線を馳せた。
「あんな顔……初めて見たわ」
僕も頷く。
「そうだね」
涼太は全体的に色素が薄い子だ。
染めてるわけでもないのに髪の毛は茶色だし瞳の色も茶に近い。
色白で整った容貌には女性らしい儚さと色気を含むが、凜とした性格がそれを引き締める。
黙って佇めば中性的にも見えるそのさまが、若者の間で人気を博しているのだ。
僕が彼のマネージャーとなったのは、涼太がCMに出演して爆発的な人気が出たあとのことだ。今年でそれも三年目。マネージャーとしては短い付き合いだと思う。
けれど三六五日、一緒にいた。
涼太は多彩な人間だった。
その容姿もさることながら音感もよく歌手デビューを果たし、まだ若手とはいえ今年からは俳優業にも手を伸ばし始めていた。
休みなどあるはずもない。
けれど合間を見つけては、彼女、朱鳥ちゃんのもとへと赴き、ともに時間を過ごしているのだ。
初めの頃、それを知った僕は朱鳥ちゃんの担当マネージャーである和美さんに相談を持ちかけた。
お互いに人気は上昇したばかり。ここでスキャンダルなんてことになったら全てが水泡と帰すのは明らかだった。
仲良くしているところに出しゃばるのは気が引けたが、マネージャーとして付いたばかりの僕は心を鬼にした。
和美さんもそのことは懸念していたそうだ。
でも、あの二人は本当に恋愛関係ではないのよと、言い聞かせるように語った。
幼馴染みなんだそうだ。
小さい頃から仲良くしてきたということは理解できる。
でも涼太の行動は普通じゃない気がした。
忙しい撮影の合間に、仮眠を取るためだけに朱鳥ちゃんの家に行くこともあったからだ。
それに朱鳥ちゃんの家は業界では有名な話だが、あの立花麗花さんの自宅でもある。
もしかしたら麗花さん公認での付き合いなのかと僕は下世話にも勘ぐって頭を抱えた。
僕には立花さんという大物女優にプライベートのことをとやかく言えるような権利も立場もなかったからだ。
しかし、そんなある日。
そんな僕の憂いは唐突に、思わぬ形で払拭されることとなった。
雑誌のインタビューさえもなかなか取り次ぐことのできない立花麗花さんが、独占インタビューに答えるというテレビ番組の生出演を決めた。
業界は騒然とし、何か重大な発表でもあるのかと記者達が次々と押し掛ける騒動となった。
生出演独占インタビューの告知は大々的に行われ、満を期してその時はやってきた。
その場で彼女が述べたのだ。
涼太と朱鳥ちゃんの関係を。
産まれた病院が同じだったこと、隣近所だったこと、保育園、小学校、中学校とずっと一緒にいたこと。そしてそれぞれに初恋があったこと。
涼太の両親が亡くなり、自分は母親のように接しているとまで笑いながら話した。
時折二人の思い出を面白おかしく語りながら、今でもその関係は崩れていないのだと、微笑ましく見ていたいのだと、それが自分の幸せなんだと、そう語った。
それは大女優から世間へ対して強かなまでの一手だった。
それ以降、ゴシップ記事に二人の恋愛疑惑の話題が上がることはなかった。
あがるのは立花さんの話と二人の過去だけ。
記者も躍起になって恋愛ネタを取り上げようとしたんだろう。
同級生や近所の人間にもインタビューして言質を取ろうとしたようだ。
けれど二人の恋愛関係については、何もそれらしいことは出てこなかった。
二人は立花さんのインタビューをキッカケに、記者に関係を尋ねられては堂々と受け答えをするようになり、今では世間公認の関係とまでなった。
なぜそんなことが起きたのか。
僕はてっきり和美さんが二人のことを立花さんに相談したのだと思った。
僕が不用意に発してしまった言葉に、立花さんという大物をあんな形で動かせることになってしまったのかと。
けれど和美さんは首を横に振った。
和美さんもなぜ立花さんが独占インタビューを受ける気になったのかは分からないと言った。
でも、と。
涼太くんだと思う、と最後につけ足した。
まさかと思った。
僕は彼らの関係を不審に思うことはあっても、涼太に直接尋ねたことはなかった。
まだマネージャーとして付いたばかりなのに、プライベートに口を出して関係を悪くしたくなかったからだ。
でも、三年涼太と付き合うと分かってきた。
涼太は他人の気持ちにとても敏感だ。
相手をよく見ている。
表情、声のトーン、視線、動作、服装に至るまで、まったく目にしていないような素振りを見せながら、実はよく観察している。
その洞察力には関心すると同時に、畏怖を感じることさえあった。
だから彼は様々なことを予測する。
相手の性格や考え方、癖や趣味まで考慮して、皆がそんなバカな、あの人に限ってと驚くことでさえ、やっぱりなと笑って言ってのける人間だ。
――その涼太が。
おそらく誰よりも何よりも、よく知る彼女のことで、あんな表情をするなんて思わなかった。
てっきり荷物を持って自宅から避難したであろう彼女のことを笑うんだと思った。
いつものように。そんなことだと思ったよ、と言いながら。
何か、違っていた。
大震災。確かに状況は緊迫しているし、彼女の安否を心配する気持ちは大きいのだろう。
でも、あの表情はなんだったのか。
『壊れてしまう』と思った。
途端に幼子のように小さく感じてしまった彼を思わず抱きしめてしまうくらいに。
勝ち気で活発な和美さんは、もともとは立花さんのマネージャーをしていた人でもある。
朱鳥ちゃんや涼太のことも、きっと僕よりよく知っているんだろう。
その和美さんが初めて見たというあの表情に、言いようのない不安を感じる。
「とにかくアパートへ戻ろう。涼太を回収して避難所に行ってみよう」
「ええ、そうね」
二人でアパートの駐車場に戻ると、すでに涼太の姿はそこにあった。
ブロック塀にもたれて腕を組み、宙を一点集中して見据える眼差しは鋭い。
表情は硬く静止し、何を考えているのかまったく読み取れない。
「涼太」
声をかけると、ちらりと視線だけがこちらに動いた。
「ああ」
「こっちにはいなかったよ。避難所にも行ってみよう」
そう声をかけると、涼太はまた視線を宙に戻し沈黙で返した。
和美さんと僕は互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
てっきり、すぐに動き出すと思っていたのに。
「いや……多分もうこの辺にはいないと思う。麗花さんの所に行こう」
「え?」
その返事に驚いた声をあげたのは和美さんだった。だけど僕も気持ちは同じだ。
「もう探さないのかい?」
「時間の無駄だからな」
朱鳥ちゃんを探す時間を無駄だと言った涼太の言葉に、僕らは言葉を失ってその場に立ち尽くした――。
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