そしてあいつはいなくなった〜涼太編〜
涼太編となります。
4話続きますが読まなくても本編には問題ありません。
朱鳥と涼太の関係性を深く知るための部分となります。
読んでみたい!って方はぜひ。
(๑´▽`๑)
「十万、役に立ったな……」
もともと俺はカード派だった。
けれど最近地震対策の番組をことあるごとに見ていたあいつは、停電したらカードなんて意味がないから現金持ち歩くようにしなさいよ! と何度も熱弁して、数回しか行ったことのないATMになかば強引に連行されることになった。
それからというものカード使用の癖も抜けず、まるまる入った十万のお札を目にしては、このまま財布に入れていたら変色とか劣化とか始まるんじゃないのかと、疑問を抱き始めていたところだった。
あのマンションの前にいた高校生から俺はその現金で自転車を譲ってもらうことに成功した。自転車なら徒歩で行くより遥かにはやい。
渋滞で延々と続く車の列を横目に、ぐんぐんと進んでいく。
進路に悩み始めた中学二年生で、麗花さんからモデルの仕事をやってみないかと誘われて、あいつがやるなら俺もやると、たったそれだけの子供っぽい理由で決めた。
両親はその年にそろって事故死した。金が稼げるならなんでもよかったし、あいつんちとは隣同士で幼馴染みだったから、同じ道に進むことに抵抗なんてなかった。
人気女優の麗花さんは会えば気さくに話しかけてくれたし、早くに離婚したこともあって、あいつを交えてうちの家族とはよく交流していた。
両親がいなくなったことで、あいつと離れ離れになるのは嫌だった。
そんな俺の気持ちを麗花さんは察してくれたのかもしれない。
伝手を使ってモデルの仕事を紹介してくれた。
モデルなんか俺に務まるのかと不安だったが、CMに起用されたら爆発的に人気が出て、仕事が増えた。
麗花さんが仕事で留守のときはふたりで一緒にご飯を食べて、くだらないことを話して寝た。
麗花さんの家には俺専用の部屋まである。
私物も自宅より麗花さんの家の自室に置いてある方が遥かに多い。
今思えば、思春期真っ盛りの子供だけを家に置くというのはどうかと思うが、互いに十七となったこの年まで、結局俺たちは『間違い』を起こさなかった。
誰よりも信頼してるし、誰よりも好意をもっているのは確かだ。
きっとあいつも同じ気持ちだろうと思う。
だけどそれが不思議と恋愛という感情に発展しない。
麗花さんからは不純異性行為についての話は一度も出されたことがない。
きっと信頼してくれているのだろう。
「おっと!」
ガタンとタイヤが跳ねる。
ぼーっと考えごとに耽っていたせいで路面状態を見ていなかった。
意識を路面に移してみると、所々アスファルトが割れて隆起している部分がある。
さらには脆い壁や建物から崩れ落ちた瓦礫が狭い歩行者道路に落ちて、行く手を阻んでいた。
その時、やっと周辺の状況に気づいた。
車両用道路のアスファルトもまた大きく亀裂が入り、場所によっては隆起した部分が、止まっている車の車体を押し上げていた。ああなると自力走行は無理だ。大勢のひとが騒然としながら車を眺め、されどその場から立ち去るわけにもいかず、途方に暮れて立ち尽くしていた。
「これは一晩では解消されないな」
本当に自転車を手に入れられてよかった。
あいつのアパートまでもう少し。
圭一さん達はあいつのアパートに着いただろうか。
どちらにせよ、自分の目で確認しなければ安心はできない。
気がはやり、立ちこぎをしてペダルを回す足に力をこめる。
あれからどれくらい経った?
「頼むから部屋にいてくれ!」
なまじ行動力があるだけに、心配は募る。
脇道を右手に曲がった先にあいつのアパートが見えた。
どの部屋からも明かりが漏れていないことを見るにやはりここも停電したようだが、ひとまず外観は問題なさそうだ。契約駐車場に圭一さんの車は見当たらない。
俺の方がはやく着いたか。
勢いづいた自転車を途中で飛び降りた。ふわりと浮いた体をコントロールしながら着地して、俺はあいつの部屋に向かって駆けだす。その直後、ガシャーンと音を立てて自転車は転倒した。
105号室。
ドンドン! ドンドン!
「朱鳥っ!! おいっ朱鳥! 無事か!? 開けろ!」
いくらドアを叩いても怒鳴っても返事がない。
それは、本来ならあり得ないことだった。
あいつが地震対策に万全の準備を整えていたことは知ってる。
予定通りならあのクソ重いバックを三つとも背負って窓から逃げているはずだ。
それなら返事がなくても得心のいく話だった。
だけど俺はすうっと血の気が引いていく思いがしていた。
いいようのない不安が急速に大きく膨らんでいくのを感じる。
――どうなってる?
知らず知らずのうちに、指が小刻みに震えていた。
財布の中から合い鍵を取り出そうとして指先から滑り落ちる。
「くそ……」
なにやってる! と自分を叱咤しながら鍵を拾い、シリンダーを回す。
「朱鳥……?」
家の中はしんと静まり返っていた。
手前の食器棚が向かいの壁に引っかかるようにして斜めに倒れている。
このままでは中に進めない。俺は食器棚を押し上げ、元の位置に直した。
倒れた棚から食器類が飛び出して床一面に破片が散らばっている。
目を凝らして大きい破片を踏まないようにしながら俺は慎重に足を進めた。
部屋は3LDKで突き当たりにはリビング。それとベッドルームが左右に分かれて三つある。
一人暮らしには広すぎる間取りだが、俺の部屋とクローゼット代わりの部屋を考慮するとこうなるんだそうだ。
敢えて何もいわないが、いくら幼なじみとはいえ当然のように俺の部屋を準備するあいつは少し常識から外れていると思う。だから圭一さんから不審な目でみられるんだ。
しかし俺もあいつのことがいえた義理ではない。引っ越したばかりということもあって、まだ荷物は何も運んできていなかったが、それでもすでに何度か行き来はした。
間取りもあたまに入ってる。
リビングの正面に設置してあった大型液晶テレビはテレビボードから落ち、観葉植物の鉢植えもすべて倒れ、乱雑にこぼれた土が床を汚していた。
ぐるっと見渡してみるが朱鳥の姿はない。
リビングから右手にある部屋が朱鳥のベッドルームだ。
左手の部屋は俺の部屋だが、いまは段ボールの山になっているはずだ。
俺は迷わず朱鳥の部屋に足を向ける。
部屋にはほんのりと涼しさが残っている。
おそらくエアコンを稼働していたのだろう。
それなら地震発生時、朱鳥はここにいたということになる。
「入るぞ」
心は平静を装っているはずだった。
こみ上げる不安から目を背け、あいつなら大丈夫だと何度も言い聞かせた。
だけど喉が小さく震える。
この先に待ち構える現実を目にするのが怖かった。
ふわり……
ドアを開けると生暖かい風が頬を撫でた。
暗闇と静寂に包まれた部屋の中でベッドサイドの窓が大きく開け放たれている。
外から吹き込む夏の熱気を含んだ風が、真っ白なカーテンを揺らしていた。
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