愚行
騎士達の進行が止まり、一斉にオスカーさんを振り返った。
手綱を引いたわけでもないのに、乗っていた馬まで足を止めてしまってわたしは青ざめる。
なぜ止まるの。やだ、やだ、絶対やだ!!
「お、お願いします! わたしは大丈夫です! このまま進んでください。この通りですから。本当にお願いします。お願いします」
騎士達の前で吐くという愚行をわたしにさせないで欲しい。
わたしは別れ話にすがりつく女のように涙を浮かべて哀願した。
なんでもするから。なんでも言うこと聞くから。
だから止まらないでえええ!
オスカーさんは難しい顔をしたまま、しばらく様子をうかがっていたけど小さく吐息をついて、「進め」と号令を発してくれた。
ふぅ、神様ありがとう。ありがとう。
きっとトイレの神様がこの世界にもいるに違いなかった。
「無理はするな。異世界から来た後の長旅なのだ、疲れも出てきたのだろう。もうしばらくすると関所がある。そこで少し休めるはずだ」
関所。
大岡越前か、遠山の金さんか。
水戸黄門か。
遠のきだした頭でそんなことを考える。
もうしばらくってどれくらいなんだろう。それまで保つかしら。
本当に旅と言ってもいいほど道のりが長い。
馬だから余計に時間がかかるのよね。これが車だったらどれくらいの時間で到着するのか。ないものねだりしたところで現状は変わらないけど、エアコンの効いた車でごろ寝していた頃が懐かしい。
わたしが頷くとオスカーさんは心配そうな顔をしながら先頭へ戻って行った。
「なあ。お前のバッグさ。不思議なものいっぱい入ってるだろ。なんかないのか? 薬とかさ」
テオが寄り添いながら、ふと思い出したように言葉を発した。
医療系のものは一纏めにしてた。絆創膏も薬もガーゼも。でもそれは入ってなかった。つまり別のバックだったってことだ。
水は飲んだらリバース間違いなし。
カップラーメン、食べれない。缶詰、食べれない。あと何が入ってた?
冷却スプレー……かけたら、なんか変わるかしら。
ふと、そんなことを思った。
冷却スプレーをあたまにかけたら少しはスッキリするんじゃない?
もう、いっそのこと顔でもいいんじゃない?
後で湿疹が出たって、わたしは愚行よりも湿疹を取るよ。
いや、待ちなさいよ朱鳥。よく考えるのよ、本当に大丈夫なの? わたしはよく考えたわ、大丈夫、大丈夫よ。
「ねえ、なんかぶつぶつ言ってるんだけど」
トキが不審な目を向けて告げ口する。
よし、決めたわ!
わたしはトキの腕の中からヤマトを掴んでテオに向かって放り投げた。
――お主!! またしてもっ!!
「うぉあああっ!!」
危うく受け止めたテオと愚か者、無礼者、とディスる化け猫には目もくれず、わたしはバックパックを下ろして前に回し、トキに持たせた。
可哀想だろ、死んだらどうする、とテオはまだ騒いでるけど、いまはそれどころではない。わたしの女としての矜持がかかっているのだ。
「トキ、その中開いて」
わたしの突然の奇行に面食らいながらも、トキはわかったと返事した。
開けてもらったバッグに右手を突っ込んで荷物をあさる。
あった、これだ!
わたしは手早く冷感スプレーを取り出してキャップを外すと勢いよくあたまに向かって噴射した。
シューーーーーッ!!!
ああ、冷たい……
もやもやと火照ったからだが鎮火されていくのを感じながらわたしは目を閉じる。
冷却スプレーはクールミントの香りつきだ。薄荷飴を口に含んだような清涼感が、頭上から全身にふわりと舞い降りた。この空気を吸っているだけで、すっと胸が通る気がする。
だけど心地よさを感じたのはわたしだけだったらしい。
「うわああああっ!!」
トキが急に叫び声を上げて後ろにのけぞった。
え? と思った時には、どんっ!! とわたしの胸にトキのあたまが衝突。
トキの頭に突き飛ばされたわたしは思わず手綱を放し、空へ放り出されてしまった。
――あ。
「馬鹿野郎っ!!!」
テオの怒声が聞こえたのと、わたしが馬のお尻を眺めながら宙に飛んだのは、ほぼ同時だった気がした。ふわりとした感覚に身を委ね、わたしはぎゅっと目を閉じる。
どんっ! どさどさっ!!
衝撃に少し首が痛んだ。
でも、
「あ、あれ?」
なぜかあまり痛くなかった。
「お前……いい加減にしろよ……」
わたしの耳元で息を荒くしたテオの声がした。
首を捻ってみれば、すぐそこに疲れ果てたテオの顔があった。
背中ごしに力強くわたしを抱きしめ、道ばたに仰向けとなっていた。
おそらくすんでのところでテオが抱き留めてくれたんだと思う。
早鐘を打つような心臓の鼓動が衣服ごしにも伝わってくる。
声には苛立ちと堪えきれないほどの憤りがあって、大きくついたため息は、それらの感情を吐き出そうとしているようだった。
「アスカ!!」
少し遠くでトキの叫ぶ声が聞こえた。
「あ? ああ! わたしは大丈夫!!」
「俺が大丈夫じゃない! 心臓、止まるかと思ったわ! 何考えてんだ、お前!!」
「は、吐き気を止めようと……思いまして……」
鬼の形相で咎めるテオに萎縮しながら、わたしは小さな声で答えた。
ここまで迷惑をかけて言い逃れすることはできない。
「吐き気え?」
「冷却スプレーをですね。頭にかけたら少しはラクになるかなあって…思いまして」
額をぺしっと叩いておどけてみせたけど、テオは笑ってくれなかった。
それどころか目を三角につりあげて、だらに膨れあがった怒りを爆発させた。
「だから無理すんなって言われただろ!!」
――愚か者が。
畳みかけるように響いたヤマトの声は、針を刺すように冷たかった。
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