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新たな旅立ち


「ハニー! 僕はね、次期サワナ領主として幼い頃から各地をまわっていたのさ。おかげで地理にも明るいし多方面に知人が多いんだよ。トキくんの代わりに選ばれるの当然というものさ!」


「いい、トキ。ライザーはわたしと違って愛想のない男だけど、どんなに冷たくても気にしちゃダメよ。あなたは高齢の方にウケがいいんだからね。真似て長所をなくさないように!」


 今朝方、ライザーから手渡された赤い帯のついた勅書を大事そうに抱いて、トキはこくりとうなずいた。


「本当は一緒に行きたかった……」

「わかってる。わたしだって一緒に来て欲しかったわ。でも、将来のことを考えたらライザーのもとで仕事を覚えたほうがいいの。それが一番いい。トキもわかるでしょう?」


 わたしはニッコリ笑ってトキの顔をのぞきこむ。

 

「一番詳しいのはセノーリアなのだけどね! あそこはいい。僕のメイドたちをみただろう? セノーリアには最先端のお洒落があるんだよ! ああ、ぜひともハニーに試着してもらいたい!!」


 トキは不安そうに眉を寄せた。

 

「うん。わかってる。アスカ……ちゃんと帰ってくるよね?」

「当たり前じゃない。どれだけ成長したのか見届けなきゃだしね! だから頑張るのよ、トキ」

「うん」


 躊躇いがちに伸ばしたトキの手を引いて、わたしはギュッと細い体を抱きしめた。


 トキは成長期ということもあって出会った頃よりだいぶ身長が伸びた。とはいっても栄養失調状態が長かったため、わたしよりあたまひとつは小さい。けれど骸骨に皮を足したような体つきではなくなり、頬もふっくらとして腕や足にも肉がついた。


 腕の中に感じるぬくもりが、もう守られるだけの弱い人間ではないのだと語っているようだ。

 柔らかな髪の毛から少し甘めの石鹸の香りがたち、安堵と心地よさに息をつく。


「ほっほっほ。心配はいらんじゃろう。ライザーの補佐というても、いきなりは無理じゃわい。しばらくはわしとラーミルのもとで学ぶことになる予定じゃ。安心して行きなされ」

「ロウェル爺ちゃん……」


「巫女殿はまず自分のことを心配すべきじゃ! 礼儀作法がまるっきり身についておらん! ミカン、巫女殿が他国で非礼をせぬようにちゃんと目を光らせておくのじゃぞ、よいな!」

「お任せください、ミズノ様。このミカン、不埒な輩には指一本触れさせません!」


 ミカンは鼻息荒く頷く。


 ……会話が成り立ってないと突っ込んでもいいだろうか。


「ハニーには黒いメイド服が一番似合うと思うんだよ! といっても、美しいハニーに既存の服をあてがうのは僕の美意識が許さないね! ここはやはりオーダーメイドでスカートの丈は短めにして胸は大きくひらいたものを作るべきだね! ああ、でもそんなことをしたら他の男にもハニーの魅力が……っ!!」


「非礼というのは何も言動に限ったものではない。適宜、見合った服装を選ぶのも巫女殿の役目じゃ」


 ジトッとした目を向ける婆ちゃんに、わたしは小さなため息をもらす。


「わたしは婆ちゃんの方が心配だわよ。戻ってきたらお墓に入ってましたなんて勘弁だからね」

「失敬なことを言うでない! わしゃ、まだまだ長生きするわい!」

「案ずるな。ミズノとロウェルは親のようなものだ。余がきちんと面倒をみておく」


 クスリと綺麗な微笑みを浮かべるユリウスが、憤る婆ちゃんの肩に手を置く。


「万が一、旅先でどうにもならない問題が起きた場合は精霊の承認を得ずとも戻ってくるといい。アイゼン国はいつでもおまえを歓迎する。そのことを忘れるな」

「ええ、頼りにしてるわ。ありがとう」

「……できるだけ、早く戻れ」

「わかってる」


 切なそうに目を細め、ユリウスは手を差しだした。わたしはかたい握手を交わし、力強く答える。


「でも安心したまえ! ハニーは誰にも渡したりしないよ! なんたってこの僕の美しさに敵う者なんているはずがないからねっ! はっはっはっ!」


「ほれ。弁当だ。あんまり日持ちはしねーから、さっさと食っちまえよ」

「ずいぶん大きい弁当ね」


 キッシュから手渡された弁当は腰から上半身を埋めるほどの高さがあった。

 サワナへ行った時、この世界にお弁当という概念がないことに気付いたわたしは、アイゼンに戻ってからキッシュにお弁当について話して聞かせた。


 持ち運びのできる弁当にキッシュは関心しきりで、知り合いの大工に見本を作ってもらっていたのである。

 それは、わたしが知るお弁当箱と差異のない出来だったのだけど。


 なにこれ、ミニチュアのビルみたい。


 よいしょ、と受け取ったわたしにキッシュはニヤリと笑う。


「特注品だ。大食らいのお嬢ちゃんには、あの量じゃ足りねーと思ってな」

「間違ってないわ」

「だろ? 教えてもらったおいなりさんも沢山入ってるからな」

「わー嬉しい! ありがとう、キッシュ! 当分あなたの料理が食べられないなんて悲しいわ」

「帰ってきたらもっとうまいもん食わせてやるよ。それまで腕を磨いて待ってるからな」

「楽しみにしてる!」


 今日もアイゼンには綺麗な青空が広がる。

 キッシュの後ろには厨房の仲間たちや店舗を任せたコック達。豆腐屋の爺ちゃんや呉服屋の女将さん、ミヤビの姿がある。


 彼らの笑顔を胸に刻み、


「行ってきます!!」


 わたしは何度も大きく手を振って足を踏みだした。


「そうそう知ってるかい!? パラガスの服装は肌の露出が多いんだよ! まるで裸みたいな格好なんだけど、この世のものとは思えないセクシーさがあってね……」


「「いい加減、黙れ」」


 テオとザックに蹴り飛ばされ、オスカーさんとミカン、ついでにヤマトからから冷ややかな眼差しを受けるナルシストをお供に、こうしてわたしの新たな旅が始まった。


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