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思いがけないプレゼント

 この一週間、城下町の店舗準備や祭事など様々なことが同時進行で行われていた。


 わたしを主軸とする事柄が主だったけど、なかには焼けたユリウスの部屋の修繕や、一時的な部屋の引っ越し作業なども含まれる。予想以上に城内は忙しなく、精霊の泉に旅立つ準備など誰も手が回らない状態であるはずだった。


 なぜななら事前に聞かされていた話では、同行者の選別や旅先で必要な物品の準備。くわえて他国へ滞在する可能性も含めた入国許可証の手配などもあり、わたしの知らないところで上層部の人間はてんやわんやの大騒ぎだったからだ。

  

 けれどこのアイゼンには敏腕補佐、ライザーくんがいらっしゃることを忘れてはならない。


「これが契約を交わした宿のリストだ。ここに書かれている宿ならば宿泊費はかからん」


 出発前日。必要な荷物を選別していたわたしの部屋を訪れたライザーが一枚の手紙を差しだした。そこに連なる宿の数は十や二十ではきかない。


 地理のことは記憶力のいいトキに丸投げしていたから地名をみてもぼんやりとしかわからないけど、なかにはいつぞやテオから聞いた奴隷制度があるというパラガスの名もある。他国にも協力を仰いでくれたことは明らかだった。


 わたしは驚きのあまり感謝の言葉も忘れてライザーをみつめる。


「……なんでこんなこと。旅費は用意してくれるんでしょう?」


「当然だ。あの日、我々は巫女を補佐するとヤマト殿に誓ったからな」


「じゃあ、なんで」


「スムーズに事が運べば問題なかろう。しかし、旅先では何が起きるかわからない。持参する金はできるだけ使わず、万が一に備えて取っておくのだ。もし旅先で商売の機がみえれば、稼ぐことも忘れるな。それは得意とするところだろう」


「そりゃあ、まあ……」


 言いながら茫然とリストに視線を落とす。

 これほどの宿屋と提携を組むなんて、決してラクなことではなかったはず。

 いったいいつから。どれだけの時間をかけて用意してくれたのだろう。

 

 わたしがここに来てから半年ほど経っただろうか。

 サワナの往来でさえ二週間かかるというのに、ネット通信がないこの世界で、こんなこと……数ヶ月あっても足りない気がする。それこそ出会ってすぐに動かなければ不可能だ。

 

 たしかにあのとき怒ったヤマトが浮遊したりと不気味な事象はあったけど、それでもわたしを巫女だと決定付けるには時期尚早だったはず。


 その後ユリウスがヤマトを狙ったことを鑑みれば、やはり確信には至ってなかったと考えるべきだ。だけどライザーは動いた。恐らく主君の判断を仰がずに、独断で。


 やはり恐ろしい男だと思う。と同時に感服せざるを得ない。


「それから、同行するメンバーが決まった」


「だいたい分かってるけど、一応聞きましょうか」


悔しいので口には出さなかったけど、自然と口からはため息がもれた。

 

「第四騎士隊から臨時的に任を外れ、オスカーとテオがつく。それとザック、あの者は眷属の欠片であるゆえ、何かと役に立つだろう。ミカンはこの国の侍女だ。旅には不慣れだし、今回は外れた方がいいのではと進言したのだが、首を横に振ってな。ミズノ様の口添えもあって同行することとなった」


「やった!」


 わたしは笑顔で荷造りをするミカンを振り返る。

 サワナに行くときも一緒だったし、やっぱり気心の知れた同性がいた方が楽しい。


 今回は馬車で揺られて数日で終わる旅とは違う。

 楽しみではあるけど、不安がまったくないといったら嘘になる。そこに勝手知ったるミカンがいればなお心強い。


 ニッコリと笑みを浮かべたミカンに満足げな笑みを返して、わたしはライザーに向き直った。


「最後に」


「トキでしょ」「ナルシス殿だ」


 ……ん?


 ライザーくんは無表情だ。

 無表情なくせに灰青の瞳だけは「冗談でしょ?」と言い返す隙さえ与えないほどに生真面目。

 つかの間、無言で見つめ合ったわたしはヒクッと口もとをひきつらせた。


「わたし、耳が遠くなったみたいだわ」


「聞き間違えだと思いたいのだろうが、そうもいかん。これは決定事項だ」


「なんでよ!! だいたいトキがいなかったら迷子になるわ! 絶対になる! これだけは自信あるものっ!」


「他力本願であることを堂々と自慢するな」


 眉間にしわを寄せるライザーが深々と嘆息をつく。


「其の方が地理に弱いことはロウェル様より聞き及んでいる。ゆえにロウェル様もトキに縋ることをよしとしたようだが……御当主様も含めて話し合った結果、それよりも大事な役目をあてがうことになったのだ」


「それってわたしが砂漠で干物になるより大事なことなわけ」


「我らはそう踏んだ。理由を聞けば其の方も嫌とはいうまい」


 やたらと自信ありげな物言いだ。

 わたしは訝しげに眉をひそめる。


「其の方が旅に出ている間、トキは……」


「トキは?」


「わたしの補佐に就くこととなる」


端的にライザーは告げた。

表情は代わり映えしないのに心なしか声には弾むような色があり、出会った当初、睨みつけることしか脳がないと思っていた瞳がほんの少しだけ柔らかくなる。

 

 その微々たる変化をわたしは見逃さない。


 だからこそ、驚きすぎて二の句が繋げなかった。

 

 後方では話を聞いていないフリをしながらせっせと荷造りをしていたミカンがガバッと振り返る。


 わたしは開いた口が塞がらない。

 何度も飽きるほどまばたきをして、ようやく。


「……本当に?」


 それだけを口にした。


「いったであろう。これは決定事項だ。明日には勅書が手渡される」


「だって……身寄りのない子供の面倒はみきれないって……」


「もちろんだ。しかし何ごとにも例外はある。トキの場合はロウェル様からの後押しが大きかった。平民の出とはいえ、勤勉な態度に秀でた記憶力がある。計算に強いのは、わたしも知っていることだ。あれならば鍛えようによっては……」


「ライザー!!」

「……!?」



 歓喜のあまり破顔したわたしはライザーに飛びついた。

 驚愕の表情を浮かべ、石像のように動かないライザーをこれでもかというほど抱きしめ、腰に抱きついたまま「やった! やったあっ!!」と何度もジャンプする。


 ライザーはわたしより背が高いけど、持ち上げる勢いでジャンプを繰り返す。そのたびに棒のようになったライザーの体は小さく上下した。


「……放さんかっ!」


 顔を強ばらせ、口もとをひきつらせながらライザーが抵抗を試みる。しかし、わたしの腕力を侮ってもらっては困る。

 

 これでもプロポーション維持のために、お母さんから尻を叩かれ、和美さんから頭を叩かれ、長年(いやいや)努力してきたのだ。

 

 週五のジムはムキムキの筋肉マッチョにならないように、されどしなやかな筋肉がつくように組み立てられた特別プログラム。おかげで多少暴飲暴食しても簡単に肉がつかない体質になり、涼太と腕相撲しても勝ち負けがつくことはなくなった。それをこの程度の抵抗で逃れられると思ってか。


 甘い! 甘いぞ、ライザー!! さあ、心ゆくまでわたしの想いを受け止めるがいいッ!!


 わたしは高揚した気持ちで暴れるライザーの胸もとに顔を埋め、目一杯腕に力を入れて抱きしめた。若干、ミシッと嫌な音が聞こえたけど気のせい。


「ぐッ……そ、其の方っ! ここでわたしを殺す気かっ!」


 ライザーが苦しげに呻く。

 だけどこの喜びを他にどう表現しろと?

 ありがとうの言葉では足りない。何十、何百、何万いっても足りやしない。


 トキを拾ってから、わたしには義務ができた。

 家族を亡くしたトキの行く末を案じ、城勤めさせてもらえないかと打診したこともある。

 結果、面倒をみるのはおまえの義務だとユリウスには跳ね返されたのだけど。


 わたしはもとの世界に帰ることを諦めない。

 だからずっとトキには手に職をつけさせたかった。

 別れが来たとしても立派に生きていけるように。

 ミズノ婆ちゃんやロウェル爺ちゃんの講義にトキを同行させたのもそのためだ。

  

 ライザーとは何度も言い合いになったし、出会った頃なんて最悪の印象しかなかったけれど。


 でも――


 わたしはするりと腕を解く。それから一歩離れ、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返すライザーに満面の笑みを向け、


「トキのこと。よろしくお願いします」 


 両手をそろえ、深々とあたまを下げた。


 ライザーは堅実かつ有能な人間だ。ユリウスを想う熱い気持ちや判断力は誰にも引けをとらない。

 仕事も早く、言われたことをままに遂行する無能ではなく、己の意思で行動することもできる。


「わかりにくいところがありますが、本当はお優しい方なのです」


 いつだったか部下のラーミルさんがライザーの愚痴を語るわたしに小さな苦笑をもらしてそう告げた。サワナに行く許可を与えてくれたのはライザーなのだと。きっとあのときついた嘘はバレていたのだと。


 トキは優しい子だ。つらい現実を抱えたトキがこの荒廃した土地で心まで荒まないか心配していたけれど。


「朱鳥ど……」

「あなたになら任せられるわ」


 灰青の瞳を真っ直ぐに見据え、きっぱり告げるとライザーは目を見張った。


 優しさも厳しさも、この世界での生き方までも。ライザーならすべて教えてくれる。


 なんだかんだいっても、それだけの信用はすでにあった。


「……わたしの教育に音をあげないとよいが」


「大丈夫よ。ああみえて根性あるもの」


「ずっと其の方と一緒だったからな」


「そうよ。わたしの根性が染みついてるの。だからビシバシとやってちょうだい。そうしたら誰よりも有能になるとわたしが保証するわ」


「それは楽しみなことだ」


 小さく笑ったライザーの顔は、いままでみたどの表情よりも清々しかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] おお! さすがはライザーさんですね。 そして、同行するメンツは割と順当なはずなのに、ナルシスさん一人入るだけで不安しか無くなるのが面白いっすね(笑)
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