涼太side~家族の絆編②~
「涼ちゃん?」
「ああ、ごめん。俺も麗花さんといるとあいつが生きてるって信じられるなと思ってさ」
頬の強ばりがほどけ、穏やかな表情となった涼太に麗花はぱちくりと瞬きをする。その顔もまた年齢を思わせない愛らしさがあった。
でも、この顔を見ていると思いだすのだ。朱鳥の顔を。
あいつは気が強くて麗花さんの雰囲気とは似ても似つかないっていうのに。こういうふとした仕草が重なるときがある。
ふふっと小さく笑った麗花に目を細め、涼太は思う。
あいつがどこにいて、なにをしているのか。
麗花さんはなにも知らない。
生死さえ不確かなこの状況で気丈に振る舞い続けることがどれほどつらいことか。
それは涼太としても同じことだが、彼女よりは少しだけわかっていることがある。
だからこそ、はらわたが煮えくり返りそうなほどの憤りを覚えつつも冷静を保っていられるのだ。
「だから俺、探しに行くよ」
涼太がそう告げると麗花の表情が切り替わった。
可愛らしい笑顔をひっこめて真剣な眼差しを涼太に向ける。これは母の顔だ。
「探しにって……朱鳥を?」
「そう」
「鎌倉に?」
「うん……」
「……そう。わかったわ。よろしく頼むわね、涼ちゃん」
「えっ!?」
目を丸くして叫んだのは麗花の説得が効くようにと祈るような気持ちでじっと話を聞いていた和美と圭一だ。和美はドンッとテーブルに両手をついて立ち上がった。
「待って待って! 麗花さんも、なぜそんな! わかったってなにが!? わたしは全然納得いかないんですけど!?」
「立花さん、僕も和美さんに同感です。朱鳥ちゃんは免許も持っていないし、車だってないんですよ? それに地震が起きる直前までは自宅にいたような形跡もありました。それがなぜ鎌倉にいることになるのか……涼太。どういうことなんだい」
あたまを抱え始めた圭一に涼太はしばし口ごもる。
「悪いけど上手く説明できない」
「そんなんじゃ納得いかないわ! 麗花さん、本当にそれでいいんですか!?」
顔を真っ赤にして憤慨する和美に麗花は珈琲をこくりと飲み込み、小さく息を吐いた。
「和美さん。正直言うとね、わたしも不安よ。まさかワープしたわけでもあるまいし、あの子が鎌倉にいるとは到底思えないわ」
「ならどうして!」
でも、と麗花は言葉を重ねる。
「涼ちゃんがそう言うなら信じてみたいの」
「そんな……」
「和美さん。あなたがあの子のことをとても心配してくれているのは、よくわかっているつもりよ。誰が一番あの子を心配しているかなんて優劣をつけられないわ。でも仮に優劣をつけるとするなら、きっと涼ちゃんが一番よ。もちろんわたしの次に、だけれど」
「麗花さん……」
「その涼ちゃんがここを離れて探しに行くというのよ。勝手だけれど、わたしは涼ちゃんのことも我が子だと思って接してきたの。母として、涼ちゃんのことは誰よりもわかっているつもりよ。だから信じるわ」
母として。
そうハッキリと告げた麗花に涼太は一瞬驚いたように目を開き、静かに俯いた。
もしかして、こそばゆい愛情に照れているのを隠したかったのかもしれない。滅多に笑わない涼太がはにかんだ笑みを浮かべ、静かに喜びを噛みしめていた。
それは第三者なら見分けがつかないほどの些細な変化だった。
家族とはいわないまでも、和美と圭一だったからこそわかるほどの機微。
声にならない想いが涼太の体から滲み出ていた。
それは嬉しさと恥ずかしさと感謝の想い。
和美と圭一はじわりと熱のこもるものを肌で感じ、心底驚いた。
幼い頃に両親を亡くした涼太は強くあろうと努力してきた。
男の子だからとか、そんなんじゃない。
朱鳥がそばにいたからだ。
いつも笑っている彼女の顔を曇らせたくはなかったからだ。
弱みをみせて気遣われるよりも彼女の支えであり続けることを望んだ涼太は、そういった過程を経て上手く感情を誤魔化せるようになった。
他人からは何を考えているのかわからないとよく言われるし、和美も圭一も同意しかない。
その涼太がここまで心を揺さぶられる様をふたりは初めて目にした気がした。
同時に熱いものが胸にこみ上げた。
天涯孤独となったかもしれない涼太にこれほどの愛情を向ける麗花から。家族の一員として認められている涼太から、計り知れないほどの幸福が伝わってくるようで。
圭一は熱くなった目頭を指で挟み、半笑いを浮かべる。
おそらく滅多なことで他人に気を許さない涼太が朱鳥や麗花に心を開くのは、二人が素直な感情を言葉にして与えてくれるからではないだろうか。
必要なときに必要だけ、彼女たちは惜しみなく心を言葉に乗せる。
いま麗花が与えたものは母としての愛情、そして信頼、家族としての絆だ。
和美と圭一はもうなにも言えなかった。
「はあ。わかったわ。自宅に帰ってくる可能性もあるし、麗花さんは残るしかないでしょう。わたしも一緒には行けない。圭一、あなたはどうするの?」
「僕は涼太と一緒に行くよ。これでも一応彼の専属マネージャーだからね」
「そうね。じゃあ涼太君。わかっていると思うけどみんなあなたのことも心配しているんだからね。絶対無理はしちゃダメよ。それと定期的に連絡はちょうだい」
「わかった」
すくっと立ち上がった涼太は綺麗な笑顔を浮かべる。それは何かが吹っ切れたように清々としたものだった。
鎌倉までは順調にいけば二時間とかからず行ける距離だが、地盤沈下などの影響で復旧の間に合っていない道路はまだまだある。思うように進めないであろうことは容易に想像できた。
それから涼太と圭一は毛布や食料など、必要と思われるものはありったけ車につめた。
玄関先で見送る麗花を振り返り、涼太は細い体を優しく抱きしめる。
「ひとりにしてごめん」
「大丈夫よ」
「必ず連絡する」
「ええ」
「それと……信じてくれてありがとう」
「当然じゃないの」
「じゃあ行ってくる」
麗花の額に軽くキスを落とし、涼太は車に乗り込んだ。
圭一が運転席に乗り込み、エンジンをかける。ゆっくりと動き出した車の中で窓際に肘をつき、涼太はサイドミラーに映る麗花の姿を静かに眺める。
小さく可憐な彼女の姿が徐々に遠のいていき、見えなくなるまで。
じっと小さな鏡の中を見ていた。
圭一は交通情報の流れるラジオに耳を傾けつつハンドルを切った。
麗花の姿が完全にみえなくなり、そこでようやく涼太は正面に視線を移した。
麗花にみせた柔和な面持ちはもうない。混沌とする都会を進む涼太の眼差しは、真夏の日射しを打ち消すほど鋭く冷たかった。
あそこに行けば必ず手ががりがあるはずだ。
一刻も早くアレを手に入れないと!




