涼太side~家族の絆編①~
「鎌倉に行くだって?」
世界規模で大ニュースとなった「東京大震災」から一週間。
涼太と朱鳥の母である立花麗花。そしてマネージャーの圭一、和美の四名は立花家本宅へと集合していた。
一週間が経過したとはいえ、関東のライフラインはほぼ壊滅的状態。
しかし都心部にあった麗花の自宅は復旧が早く、現在では生活するのに不便なところはない。外的損傷もみられなかったのは、数億とかけた豪邸だったからか。
涼太のマンションも幸運なことにそれほどダメージはなかったのだが、流通がストップしていることもあって食料などの補給が難しい状況にある。
それはこの場にいる全員が同じこと。
各スタジオや局も多大な被害を受けており、いまだに復旧の目処が立たないところも多い。そのため麗花と涼太は芸能活動を一時的に休止。
くしくも朱鳥のマネージャーである和美は彼女の失踪を隠匿するにちょうどいい口実を得たわけで、メデイアの気が反れているうちにと水面下で必死の捜索活動にあたっていた。
そんなおり、立花麗花が涼太を自宅に呼んだ。
ひとりにさせるのは不安だからと、そういって。
涼太からすれば麗花の家は第二の自宅。断る理由などない。
涼太としても朱鳥がいなくなったいま、麗花をひとりにしておくのは気がかかりだったのだ。麗花から声がかからなくても状況が落ち着くまでは住み込むつもりだった。
一時的とはいえ涼太が立花家に住み始めたことを聞きつけた和美は、朱鳥の情報をみなと共有し即座に動けるようにと。圭一は涼太から目を離すわけにはいかないと麗花に訴えかけた。
そこで麗花が提案したのだ。「それなら全員で住みましょう」と。
そうして約一週間の共同生活を経たわけだが、ほぼ一日中テレビにかじりついていた涼太が不意に腰をあげて「出かけてくる」と言いだした。
寝起きのボサボサあたまで「どこへ?」と問いかけたのは圭一。
和美は警察や各機関に朱鳥の捜索を働きかけており、いまもスマホで通話中だったのだが不意に耳を離し、驚いたように顔を上げた。
「こんな時に? なに言ってるのよ、涼太くん」
「主要道路がようやく修復された。まだ通れないところもあるけど、遠回りすれば行ける」
「待ってよ、涼太。どうして急にそんな……鎌倉になにか急用でもあるのかい?」
「ある」
「でもいまはまだあちこち復旧してる最中だし、余震だってあるんだよ。昨日だって大きいのがきたばかりじゃないか。そんな時に鎌倉まで行くなんて。なにかあったらどうするんだい」
「そうよ。いまは全員で一緒にいるべきだわ! マネージャーとして許可できないわね!」
「涼太のマネージャーは僕だけどね……」
つかみかかる勢いで嚙みつく和美と困惑しながらも小さなため息をつく圭一。
しかし涼太の顔色は変わらない。
黙って二人の言葉を耳にしているが、これは他人の助言を聞いているのではなく、ただ気の済むまで言わせたいように言わせているだけだ。
涼太はいくら言ったところで簡単に心変わりするような人間じゃない。
そのことを和美と圭一は嫌でもよく知っている。
それができるとするなら、朱鳥以外にいないことも。
「麗花さんもなにか言ってあげてください。わたし達の言うことに耳を貸そうとしないんだから!」
半ば怒ったように声を荒らげ、和美は後方を振り返る。
キッチンで珈琲を淹れていた麗花は長い睫毛を細め、桃色の唇に微笑を浮かべて珈琲の入ったカップをソーサーに乗せた。
緩くウェーブのかかったふわふわの栗毛を白いシュシュでゆるりとまとめ、Tシャツにショートパンツというラフな出で立ちで麗花はいた。
一般人ではおそらく半永久的に見られない自然態だ。それでも気品と愛らしさがほどよく調和された彼女の女性美は、一欠片も損なわれることなく存在している。
清潔感のあるキッチンでモーニングコーヒーを注ぐ麗花を見ていると、まるでホームドラマの1ページに入り込んでしまったようだった。
圭一はポカンと魅入ったあと軽く頬を染め、誤魔化すようにメガネの真ん中を指で押し上げた。
けれどかねてより立花家との付き合いがある和美にとって、こんな眼福たる光景も見慣れたものだ。鷹揚とした麗花の表情に肩を落としながらも懇願の目を向けた。
「和美さんったら。涼ちゃんのことはよく知っているでしょう? わたしが言ったって聞かないわよ」
「ううっ、わかってますけど。でも麗花さんも心配でしょう?」
「もちろんよ」
「じゃあ……」
トレイに珈琲を乗せた麗花はソファに腰かけると、ひとつひとつみなの前に丁寧にコーヒーカップを並べ、涼太を見上げて空いた隣のスペースをトントンと軽く叩いた。
涼太は少し戸惑ったような難しい顔を浮かべながらも躊躇いがちに促された席へ腰掛けた。
「冷静な涼ちゃんが考えなしに動くはずがないわ、きっとなにか理由があるのよね。そうでしょう?」
「……」
「いつもならなにも聞かない。でもね……」
麗花は少し困ったように眉を寄せ、視線をテーブルに落とした。細い指を膝の上で絡ませ、一度切った言葉を繋げる。指を絡ませたのは譲れない想いを伝えるためだろうか。
「いまは教えて欲しいわ。わたしはね、涼ちゃんが一緒にいてくれるだけでとても心強いのよ。涼ちゃんがいれば、きっとあの子は無事だって信じることができるの。あなたたちはいつも一緒だったでしょう? どちらかがいなくなることなんて想像できないのよ。だから……あなたがここを出て行っても大丈夫だって思える理由が欲しいわ」
澄んだ瞳にじっと見つめられて、今度は涼太が視線を落とす番だった。
実の母でないとしても、彼女のことはよく知っている。
麗花さんは強い人だ。見た目は可憐なお人形さんみたいでも、しっかりと血肉の通った母親だ。朱鳥が消えてから、彼女は一度も泣き喚いたりしていない。普段通りに笑顔を絶やさず、みんなの食事にまで気を遣って。
だけどそれは薄情だからじゃない。朱鳥を心配していないからじゃない。そうすることで己を鼓舞し、常に前向きでいようとしているからだ。
けれど彼女は決して鋼の心を持つ人間ではない。誰しもがそうであるように、彼女もまた強くあるために心の支えが必要で、朱鳥がいなくなったいま、彼女の心の拠り所が自分にあることは涼太自身きちんと自覚していることだった。
それほどに麗花さんは本当の息子のように涼太を愛してくれていたし、涼太もまた母と思って接してきた。
だからだろうか、朱鳥を含めたこの三人に共通するのは「強情」なところだった。
朱鳥はいうまでもない。麗花さんは一見控えめな印象を与える人だが、言いだしたら聞かないのは長年の付き合いでよくわかっている。
涼太は視線を落としたまま小さく笑った。
長らくお待たせしました(誰も待ってない←)
待望の涼太編です。
╰(*´︶`*)╯♡
前回の涼太編はどこだったか……
見失いかけたものをいまここにっ!
ということで♡
朱鳥編とは少々雰囲気の変わる場面にはなりますが、また別にお楽しみ頂ければと。
今日はこの続きを夜にまた一話更新します。




