偽物王子は甘美な誘惑を取得する
一方でトキは昔ほどオドオドしなくなったし身長も伸びた。明るい笑顔で元気よく呼びかけるトキとテオに和やかな目を向けて、自然と客足も伸びる。
その点、メイドカフェはわたしの外見に頬を染める男性がおずおずと足を運ぶくらいで思ったように客足が伸びない。
ナルシストやザックの見た目に引き寄せられて足を運ぶひともいるにはいるんだけど、やはり聞き慣れない「メイドカフェ」と「デザート」ってのがネックみたいね。
おからを広めた時はこういった状況を回避するために事前アピールしたんだし。それができなかったことは悔やまれるけれど、食事を終えた人達はみんな満足しているようだし口コミでそのうち流れがくるでしょう。
なーんて。のほほんと甘いことを考えていたのだけど、ここでザックが思わぬ行動にでた。
じっとテオやトキの接客を眺めていたザックがおもむろにニヤリと笑ったかと思えば、次はどの店に入ろうかと悩む領主たちに向かって、それこそナルシスに負けず劣らずの眩しい笑顔を向けて、メイプルシロップみたいに甘い声色で「いらっしゃいませ」と声をかけたのだ。
ザックは見た目はいいけど野盗あがりだからか、隙のない表情をしていることが多くて眼光だって鋭い部類に入る。
最近はだいぶ柔和な顔つきになってきたけど、笑顔というものは見たことがなかった。
笑顔で接客しろといったわたしの言いつけも聞かず、仏頂面でやる気のない「いらっしゃませ」を繰り返していた、そのザックが。
いったい何を思ったのか、トキの純粋さとやり手の女たらしを足して二で割ったような輝かしい笑顔を咲かせて腰を低くし、入り口へ向けて手を指した。
そして間違いなくターゲットを女性に絞って再度にっこり。
その変わりように、わたしは口元を引き攣らせた。ずっと足元に佇んでいたヤマトもぶるりと体を震わせて毛を立たせていたから、余程気持ち悪かったのだろう。
だけど一瞬の間を置いてキャーッ!! という黄色い悲鳴が城下町に響き渡り、その後は女性客が雪崩のように流れ込んできた。
それこそ小料理屋とお好み焼き屋に並んでいた女性客が全員流れ込んできたのかと思うほど。急に店内はごった返し、入り口には入りきれないほどの女性客が列を成した。
メイドカフェのターゲットって男性のはずだったんだけど。
人選誤ったかしら……
この世界のメイドカフェが女性の行く店の象徴になったらどうしよう。瞬時、そんな考えがあたまを過ったけれど、どうせ異世界なんだしそれはそれでいいことにしよう。
うん、そうしよう。そう思うことにした。
だけどまあ、すんごいお客さんの数。相変わらずキャーキャー騒ぎながら待つ女性達は皆一様にザックに釘付け。あのナルシストが霞んでるじゃないの……
貴重なザックの笑顔。破壊力は抜群だった。
「信じらんない……」
「俺が本気を出せばこれくらい楽勝だな」
唖然として呟いたわたしにザックはふんと鼻を鳴らしてみせる。足元ではヤマトがまじまじとザックを見上げ、
――そうか。これが「イケメン」の効果というものか。
などと関心してみせた。
「猫に褒められてたって嬉しくねーよ」
「ザックは黙っていれば王子様みたいだもの。まさかこんなに人気が出るとは思わなかったけれど、やはりわたしの見る目に間違いはなかったわねっ!」
自慢げにふんぞり返るとザックはポカンと間の抜けた顔をしてから顔を真っ赤にして、あわあわと口を震わせた。
「おまっ……おまえ! よくそんなことが言えるな!?」
「そんなことってなによ。本当の事じゃないの」
――王子様はさすがに言い過ぎてはないか。しかし……そうさな。確かに黙っていればユリウスと似たような空気はあるやもしれぬ。
「ほらね。ヤマトも認めてるし」
「やめろっ! この馬鹿猫!!」
何が恥ずかしいのか、赤面して狼狽するザックにわたしが笑い声をあげていた頃。
小料理屋は満席となり、オスカーさんは注文を取るのに駆け回っていたらしい。
お好み焼き屋は男性客の方が多くなり、お酒の提供もあると聞きつけた領主たちはこぞってそちらに並び出した。
慣れないコテを使ってお好み焼きをひっくり返す作業は真新しく、彼らの気を引くのに一役買ったらしい。
コックたちから丁寧にやり方を教わりながら綺麗な円形状に仕上げた領主は周りから拍手喝采をもらって、甘いソースがふんだんかかったお好み焼きを食す。
ただ食べるだけでなく自分で作るという工程を楽しむことができる。それがお好み焼きの楽しみのひとつよね。領主達は基本的に自炊なんてしないでしょうから、矜持がどうとか言いだして嫌がるかと懸念していたんだけど、心配することなかったみたい。
まわりの客が全員同じ領主という立場だったことも大きかったかもしれない。
赤信号みんなで渡れば怖くない精神である。
初めてのお好み焼きを体験した領主たちは笑顔で店を後にした。




