希望の光をここから
「怪我は」
「ないってば」
「痛むところは」
「ないって」
「嘘つくなよ」
「嘘じゃないったら」
ザックったら、いつの間にこんなに過保護になったのかしら。だけど、誰もその押し問答を止めようとしない。オスカーさんもテオももっと聞けとばかりに目配せしてるんだもの。
そんなやり取りをしばらくしていると、目の前に大勢の人だかりが見えた。それはおから料理の催し物をした時みたいに賑わっていて自然と胸が高鳴った。
「あそこからしら! 早く行きましょう!」
ヤマトを胸に抱えて走り出したわたしの後をみんなが慌ててついてくる。
「わあっ……! 素敵!」
人だかりを縫って建物の前に出たわたしは、連なる三軒の店構えに感嘆のため息をもらした。
ひとつはお好み焼き屋。目が覚めるような紫色の暖簾がかけられ、焦げ茶と黒と白の縦縞模様の壁に大きくお好み焼きの絵が描かれている。全体的にモダンな雰囲気だ。これなら昼間は明るく、夜は酒場も兼ねて営業出来そう。
兼ねてよりお好み焼き屋ではお酒を出したいとキッシュに話していたから、それを伝えてくれたのかもしれないと思った。
隣のおから料理屋は「小料理屋おから」と立て看板が掲げられていて、和風仕立ての造りだった。中の座敷も外壁と同じ落ち着いた木目の木材で丸みを帯びたテーブルや椅子などが並べられていて、ほっと一息つけるような温かい空間となっていた。
ここで温かい食べ物を食べて、会話に花を咲かせたらゆっくりしていけそう。
さらにその隣には打って変わったような西洋風の建物。
目に映える薄ピンク色の外壁で、なぜか壁にはフリフリのメイド服を着た女の子が美味しそうなデザートをパクリと口に含むイラストが描かれてある。
屋根や窓もアイゼンでは見かけない丸みを帯びたフォルムで、窓には真っ白なフリフリレースカーテンが取り付けられ、全体的に可愛らしい様相だ。
……あのイラストだけが気になるけど。誰が描いたのよ、あれ。
「朱鳥。来ていたのか」
目を輝かせてあちこち覗き回っていると、背後から声をかけられた。
「ユリウス!」
そこには真っ白な燕尾服に身を包んだ超絶イケメンのユリウスと、その迫力に見劣りしないビロードのジャケットにフリフリのシャツを身につけたナルシストが肩を並べて立っていた。
「目覚めたのだな。体調はどうだ」
「問題ないわ。それより、ここの話を聞いて飛んできたのよ」
「ちょうど完成したところだ。誰より早く其の方に見せたかったのだ。よければ案内をさせてくれないか」
そう言って、ユリウスは手を差し伸べた。わたしは笑顔でその手を取る。
「喜んで」
その後方ではナルシストがもごもごと何か言いながら必死にわたしに向かって手を伸ばしていたけど、冷徹無常のザックとテオに口を抑えられ、身柄を拘束されていた。見ないことにする。
お好み焼き屋はカウンター席と座敷に分かれ、全部で10席。テーブルの真ん中には鉄板があり、4つずつ座布団が敷かれていた。
「本当にわたしの世界のお好み焼き屋さんみたいだわ。わたしがいなかったのに、よくここまで再現出来たわね」
「其の方はよくお好み焼き屋の話をしていたのであろう? それをキッシュがよく覚えていた。ヘラもちゃんと用意したぞ。座布団はミズノと呉服屋の女将が協力を申し出てくれたのだ」
「そうなんだ。みんな協力してくれたのね、凄く嬉しいわ」
キッシュは食べ物の話にはよく食いつく。どうやって作るのか、どうやって食べるのか、どんな所で食べるのか。興味津々に聞いてくるから思い出話に花を咲かせ、あれやこれやと話して聞かせた。
元の世界の話をするのはとても楽しかったし、キッシュはいつも美味しいご飯を出してくれるから、ささやかなお礼にと時には絵を描いてみせたりもしたっけ。
その絵を元に、大工と構想を纏めたとユリウスは話してくれた。
小料理屋はテーブル席と座敷があって、座敷は障子で間仕切りされていた。調理場がカウンターで仕切られていて、そこで料理をしたらきっといい香りが漂ってくる。開放的な大きめな窓から陽を取り込んで、障子の白さが柔らかさを演じてくれる。疲れた時はここでお茶でも飲みたいなと思うような空間だ。
「どうしてここは和風の造りにしたの?」
「おから料理は其の方が初めて発案した郷土料理であろう。日本といったか。時見の巫女が持ち寄った物の中にも温かみのある木材を使用したものは多い。箸であったり、茶碗であったり。和室や風呂場もそうだろう? だからきっと、そういった雰囲気の方が良いのではないかと思ったのだ」
「ユリウス……」
「其の方が心休める空間にしたいと思ってな」
そういえば、この国を初めて訪れた時もユリウスはわたしに和室を用意してくれた。布団や浴衣まで用意してくれて、あの頃はなんて気遣いのできる男だと関心したっけ。もともと他人を気遣うことのできる、優しい心根の持ち主なんだろうと思う。
丁寧に造られたテーブルや椅子に触れて木の匂いを感じ、目を閉じる。
この空間にだけ日本を切り取ってきたみたいだ。
「わたし、ここが大好きだわ。毎日でも来たいくらい。本当にありがとう」
笑顔でお礼をいうと、ユリウスは目を細めてわたしをみた。
「礼をいうのは予の方だ。今までの無礼をこれでなかったことには出来ぬ。しかし、予は決めた。其の方の撒いた種を育てるのだと。そのための助力は惜しまぬ。ここから始めるのだ。この国の小さな光をここに灯して、二つ三つと増やしていくために」
「ユリウス……」
「そなたを無理やり留めようとして申し訳なかった」
「その話は終わったわ。あなたが前を向く限り、わたしはその気持ちを受け取ることが出来るから、それでいい」
「そうか」
「ええ。見事、態度で示したわね。ユリウス・アイゼン・ブラックウェル。さすがこの国の御当主様でわたしのスポンサーよ!」
巫女頼み。ここに来た時は巫女に縋るこの国の人々が嫌で仕方なかった。自分で立とうとせず、巫女が全てなんでもやってくれると荒廃したのも巫女のせいだと言わんばかりに責め立てて。
なんど衝突したか分からない。
けれどこうしてユリウスはようやく自分の足で立ち、前を向いた。それがとてつもなく嬉しくて、誇らしい。
友愛の情をもってユリウスを抱きしめたわたしに少し驚いた顔をしてから、彼はそっとわたしの額にキスを落とした。
「ありがとう」
いままでの刺々しさが抜け落ちたその言葉は、とても甘く優しかった。額に触れた唇も嫌だと思わない。友愛の印だと理解出来たから。
だけど、それを見ていたオスカーさんやテオが青ざめ、ザックは何度も瞬きを繰り返して、非難の声を上げたナルシストの頭にゲンコツを落としていたことまでは目に入らなかった。
その足元でヤマトが静かな眼差しを向ける。真っ直ぐにユリウスとわたしを見ていた。その感情がなんなのか、理解することはできなかった。




