黒い死神①
やっと俺にも死神が迎えに来たんだと思った。
髪の毛は長くてバサバサであちこちに跳ね上がってうねり、全身真っ黒のそれはどこに目と鼻があるのかも分からなかった。
よほど殺伐とした世界から来たのか、酷く汚れた服は体の真ん中を隠す程度の布しかない。いくらお金がなくたって、この世界の人間はもう少しまともな服装をしてる。
あまりに常識外れな格好だけど、これが死神なんだと思えば納得もできた。
胸の中には真っ黒な猫がいる。目は金色でギラギラとして、瞳孔は炎のように赤く燃えていた。見れば見るほどに不気味だ。きっとこの死神のペットなんだろう。
死神はお墓を作ってやると言った。
ああやっぱり死神だった。
俺のお墓はどこに作られるのだろう。
ここでもいいけど、いい思い出がない。
もともと集落のみんなは首都近郊に住む農家だった。
だけどいくら試行錯誤しても農作物が全然育たない。
なけなしの作物は自分たちの腹に収まるだけでお金にはならない。
生きていくだけならそれでもよかったけど、少ない食べ物で毎日を凌ぐのは精神的にきついものがある。
もっと豊かな生活を求め、俺たちは移住することにした。
ここの近くにはヴァルファ森林がある。
ヴァルファ森林では季節は限られるけれど果実が採れた。
もし農作物が育たなくても、果実を売ってお金に変えられる。
もっともっと遠い所に行くことができれば大豆の産地もある。
だけどいまの俺たちの蓄えでそこまで遠征するのはきつかった。
だからある程度蓄えができるまで、ここに住もうということになったのだ。
でも俺たちは過失していたんだ。
ヴァルファ森林に果実が生ることは、別に俺たちだけが知っていることじゃなかった。
アイゼン国に住んでいる人間なら誰でも知っている。
そう、野盗だって知っていた。
俺たちは愚かにもヴァルファ森林に続く街道上に新しく集落を作った。
腹を空かせた野盗がヴァルファ森林に向かい、通りすがりに俺たちの集落を襲った。
野盗からしてみればラッキーだと思っただろう。
森から帰って来て集落のあり様を見たとき、すぐ野盗にやられたんだと分かった。
畑は荒らされ、家は燃やされていた。
みんなの死体も見つけた。何人かいなくなっていたのは、野盗に連れて行かれたんだろう。
みんな女だった。
弄ばれた後、売られるんだろう。
姉貴は集落でも一番の美人だったから心配になって家に駆け込んだ。
家の奥に姉貴は倒れていた。
どうして連れて行かなかったんだろう。
そう思ったけど姉貴の口から流れる血を見て、ああ、舌を噛み切ったんだなと思った。
姉貴はそういう女だった。
野盗に手籠めにされるくらいなら死んだ方がマシだとでも思ったんだろう。
俺はそれでも生きていて欲しかったのに。
死神はみんなのことも埋葬すると言った。
みんなと一緒にあの世に連れて行ってくれるらしい。
たくさん魂を連れて行くんだな。この死神はだいぶ強欲だ。
どうせなら、ここを襲った野盗の魂も一緒に連れて行ってくれないかな。
一緒に行こうと手を差し伸べられる。
姉貴は。姉貴と一緒がいい。
姉貴の魂はどこにいる。
死神は姉貴の死体を真っ黒な長い指で愛おしそうに撫でた。
死神にも美学ってものがあるのかな。
一番美人だった姉貴の魂から取って食らう気なんだと分かった。
死神は死体を撫でてから、これは母親なのかと聞いてきた。
母親は小さいときに亡くなった。それから俺はずっと姉貴だけだ。
死神のくせに、そんなことも分からないのかと思った。
もしかしたら母さんの魂は死神に刈られなかったのかもしれない。
それは姉貴だと死神に教えると、綺麗だと褒めた。
姉貴は美人だったから、死神に気に入られてしまったんだな。
可哀想だな、そう思ったら涙が出た。
死神は抱いていた猫を離して、誰かを呼んで来いと言った。
もう一匹仲間がいるらしい。
また黒い死神が来るのだと思っていたら人間だった。
よく頑張ったと褒めてくれて、姉貴を埋葬するから手伝ってくれと頼んできた。
俺は少しほっとして頷いた。この死神は人間と生活してるんだろうか。
再びおいでと呼ぶ死神の手を今度は掴んでみた。
外に出ると沢山の人間がいて、広場にみんなの亡骸が積まれていた。
男の人は姉貴の亡骸を静かにそこに置いた。
死神がどこかに駆け出して、手にキラキラと光る物を持って来た。
透明な入れ物に入った水みたいなものだ。
だけど水だとは思えなかった。だってこんなに透明で綺麗な水は見たことがない。
きっと死神の世界のものなんだろうけど、なにに使うのかな。
すると死神はその透明な液体を使って姉貴の身体を綺麗にした。
死体の体を拭くなんて見たことも聞いたこともない。
よほど気に入ったらしい。
そして組み合わせた手の上にまたキラキラした何かを置いた。
中に何か入っている。
死神はそれを食べ物だと言った。
死神の食べ物はキラキラしているんだ。
それを姉貴にくれるってことなんだろう。
俺は礼を言った。
火葬が終わるまでの間、死神はずっと俺のそばにいた。
つぎは俺の番なのかな。そう思っていた。
だけど死神は姉貴の体を拭いたのと同じ物を取り出して水だと言った。
飲め、と目が語る。
これって水なのか。
でも水だと言うなら飲んでみようと思った。
死神が出した水はすごく美味しかった。
臭みも臭いもない。俺は一気に飲み干した。
次に死神は姉貴の上に乗せたのと同じ物を取り出した。
見たことがあるかと聞かれたが、あるわけがなかった。
死神は残念そうな顔をした。
何故だろう。
それは「菓子ぱん」って言うらしい。
この世界にもパンはあるけどこんなにふにゃふにゃしてないし、もっと大きくて硬い。
死神は不思議なものを食べるんだな。
キラキラしていたものをビリっと破いて「菓子ぱん」を取り出した死神はそれを千切って自分で食べた。
そうか、これは死んだ人間しか食べられない物なんだなと思ったら、俺に差し出してきた。
俺、まだ生きてるよね?
知らないうちに死んでたのかな。
よく分からないまま、ぱんを受け取って口に入れてみる。
信じられないほど甘くてすごく美味しかった。
死神の食べ物は美味しいんだな。
死神に連れて行かれる姉貴を可哀想だと思ったけど、これと同じ食べ物が食べられるなら、そんなに悪くなかったかもしれない。
一緒においでと誘われて、つい、いいの? って聞いてしまった。
食べ物につられるとか、少し情けなかったけど。
死神は御当主様の所へ行くらしい。
ああ、ついに御当主様の命も死神に狙われた。
この国は終わりだな、そう思った。
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