裁きの時
既にベッドに横になっていたユリウスは、寝室のドアの隙間から青白い光が漏れていることに気がついた。転移陣が稼働したのだ。手にしていた本を閉じ、ベッド脇のサイドテーブルに本を置くと引き出しから護身用の短剣を取り出しベッドを降りた。
ここに通じる魔方陣は腕のたつ守衛が守っているはずだが、誰がこんな夜中に領主の寝室を訪れるのか。可能性があるとすればライザーくらいなものだが、よほどの緊急事態にしか夜は訪れない。
それにライザーなら直接来ることはなく、まずは連絡をよこす。
「何者だ」
光はとっくに消えていたがドアの奥にいる何者かは、ひとことも発せずただ黙ってその場にいるようである。
それならばとユリウスの方から声をかけたわけだが返事はない。
その代わり。ガチャガチャと鍵のかかったノブが音を立てて何度も回り始めた。ひっそりと侵入する気だったのなら、このように音は立てない。バカなのか?
そんな考えがユリウスの脳裏を横切った。
しかし――
バァァァァン!
直後、爆風と共にドアが丸ごと消し飛んだ。
「な……っ」
木っ端微塵となったドアの奥に誰かの影が見える。その影はゆっくりと歩みを進め、そうしてユリウスの寝室に侵入を果たした。
「何者だ!」
鞘を抜き、短剣を構えながらユリウスは叫ぶ。
姿を現したのは見たこともない人間だった。普段ユリウスが着用している正装を真似たような漆黒の燕尾服を着用し、ユリウスの問いには反応せず目にかかった少し長めの黒髪を邪魔そうに掻き上げて、ひとりでぶつぶつと呟いている。
まるで貴族のような出で立ちで端正な顔立ちの若い男だが、やはり見覚えがない。
「何者かと聞いている! ここがどこかわかっているのか。アイゼン国領主、ユリウス・アイゼン・ブラックウェルの寝室であるぞ!」
「人間ごときが神の創りたもうた城で偉そうに」
「なに?」
やっと口を開いたかと思えば、わけのわからないことをいう。人間ごとき、だと。ならば貴様は人間ではないというのか。
「貴様も人間であろう。偉そうな口をきいているのは、どちらだというのだ」
「愚かな。姿形に惑わされ、本質を見抜けぬとは。実に愚か。確かにひとの姿を纏ってはいる。普段は猫の姿をとっているがな」
猫。
一瞬、ユリウスの思考が停止する。男が視線をユリウスに向けた。黒髪の隙間から真っ直ぐにこちらを見るその瞳は黄金色の輝きを持ち、瞳孔は炎のように赤い。
ユリウスの目が驚愕に見開かれる。
この瞳を知っている。そう、嫌というほど知っている。可能ならば二度と見たくはなかった。
重なるのは、のんきな顔で好き勝手やっている立花朱鳥の足もとをいつも付いて回る黒い猫。無害そうに猫のフリをしている神々の遣い、「導く者」。
「ヤマトなのか……?」
「さよう。ようやっと気がついたか、ユリウスよ」
「それは……失礼した。まさかひと型で現れるとは思わなかったものでね」
どうりでノブをガチャガチャ回したわけだ。バカだったのではなく、ノブを回したことがなかったのだとユリウスは悟る。
「しかし、こんな夜分にどのような用件かな。見たところ朱鳥もいないようだが。ひとりで来たのか?」
「朱鳥は置いてきた。あれはお主が我にしたことを知らぬのでな」
「わたしが何をしたと……?」
そう問いかけるユリウスの顔は青い。日中、朱鳥が野盗に命を狙われたことを告げたとき、ヤマトのことを話さなかったのが引っかかっていたが、知らなかったのか。
「とぼける気か。ユリウス・アイゼン・ブラックウェル。ルドルフを使って我を亡き者にしようとしたこと、よもや忘れたわけではあるまい。ザックにも同様の依頼をしたそうだな。ザックによれば依頼主はライザーだったようだが、ライザーはお主の飼い犬であろうが」
「全て知っていたのか」
ここまでいわれてしまえばもう言い訳はできない。確信しているからこそ、ヤマトはここに来たのだ。
「お主は神々を愚弄した。我の力がなければ巫女は導けぬ。それはこの地の繁栄を妨げる行為であり、この地に恩恵を与えた神々を裏切る行為に等しい」
「そのようなつもりはない」
ユリウスとてこの国を豊かにしたいと思っている人間のひとりだ。幼きころに父が投げ出したこの国をここまで必死に保ってきた。現状は裕福といえないだろうが、できる限りのことはしてきたつもりだ。だが各地の恩恵は薄弱とし、土地は枯渇する一方。そこに救世主が現れた。この国に元の豊かさを取り戻すためには巫女が必要なのだ。
だが、この猫はそれを妨げる。
「この国が豊かになるために、おまえは邪魔なのだよ」
「この国さえ豊かになれば満足か、ユリウスよ。そのために朱鳥をここに縛り付けようというのか」
「そうだ。なにが悪い」
「ここは神々が創りたもうた地、ミステス大陸である。この国もまたその一部にしか過ぎぬ。この大陸全土に恩恵を与えることができるのは、立花朱鳥ただひとり。ゆくゆくあの娘は各地に旅立つ運命にある。だが、あの娘にはこの世界で帰る場所が必要となるであろう。それがすでにここにあると、なぜわからぬ」
「わかるはずがない。朱鳥はこの国の巫女にはならないといった。他国の巫女になるのなら、みすみす機会を見逃すことはできぬ」
ロウェルからユリウスの生い立ちについて話を聞かせれていたヤマトは目を細める。ユリウスの両親は国を統制ができず国民の反乱を恐れた挙げ句に国王の座を捨て、幼いユリウスにその重責を押しつけた。
ろくに愛情を注がれることなく育ち、両親の代わりとなったのはミズノとロウェルだという。子に向ける親の愛情の大切さなどヤマトには理解できない。そんなものがなくても子は育つからだ。だがロウェルはこうも話した。だからこそ愛情の得方を知らぬのじゃ、と。
しかし今回ユリウスはやり過ぎた。神々の遣いである導く者を殺し、巫女を手に入れようなどと。
「理解できぬのなら話は終わりだ。アイゼン神より賜ったこの地、お主には荷が重いとみえる。導く者を手にかけようとしたその大罪。身をもって償うがいい」
ヤマトの全身から炎が立ち上がる。囂々と音を立て、熱風を巻き上げて衣服は風に煽られた。その炎の中には数人の精霊の姿がみえる。
瞳はヤマトと同様に黄金色に輝き、普段の楽しそうな笑顔ではなくギラギラと怒りに燃えた目をしていた。
――キミは罪を償わなければならない。
――このお方を手にかけようなど、千年の時をかけても償いきれない。
――愚かだね。
――愚か。
――「「死ね」」
炎の精霊の声が重なった。
のんびりと書いています。
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最近雨続きですが、皆様体調を崩さずお過ごし下さい。




