交易を夢見て
砂糖作りは野盗と精霊に任せてきたものの、売れるほどの量を確保するにはまだ時間がかかる。
キッシュにお裾分けするくらいなら余裕だけど、あの砂糖はできることなら出店の際のメニューに使用したい。砂糖があれば味に幅がでるし、なんといってもデザートが作れる!
この世界にデザートという概念が存在しないのか、それとも枯渇した土地のせいでそんな物を作る余裕がないのかは知らないが、わたしはまだこの世界でデザートを食べたことがない。
肥沃な土地に恵まれたサワナにいたときでさえ、デザートはでてこなかった。干し肉ひとつで鼻高々に、その旨さのなんたるかを熱く語っていたナルシストが、あんなに美味しいデザートに目を向けないはずがない。
衣装と違って日持ちする物でもないし、もしかしたらセノーリアにはあるのかもしれないけど、ここアイゼン国にデザートは出回っていないと考えるべき。
それなら作って売るしかない。そして特許も申請しなければ。量産できれば交易にだって乗り出せる。
交易に乗り出すことを踏まえればあの幹を大量に仕入れなければならない。それにはまたしてもユリウスの力が必要になる。
互いの利益を計算した腹の探り合いやだまし合いはもうこりごりだけど、おそらく今回は簡単に話がまとまるだろう。
それからわたしは神殿内の転移陣から謁見の間までひとっ飛びして、目を白黒させる門守や嫌そうな顔をしながら後を追ってきたライザーをシカトしてユリウスと話をつけた。
ライザーがいうには、あれはジュールという植物らしく主に川沿いを中心として生えていることが多いそうで、ヴァルファ森林に限らず川沿いで見かけることがあるらしい。
だけど問題はその川がないということ。いえ、正確にいえば枯渇したのだ。
水源とされる山脈から流れる川がヴァルファ森林へ続いていて、そこから五つに分かれた河川がかつてはこの土地を潤していた。だけどその多くはすでに枯渇し生きていないらしい。
――お主とザックが時雨の精霊の恩恵を受けたことにより、それも時間と共に回復に向かうであろう。明日あさっての話ではないがな。
すんとすまし顔でヤマトがそう告げる。
「じゃあ、いまのところ量産は難しいかもしれないわね。でもまあ、いいわ。ひとまずヴァルファ森林のジュールを刈り取って砂糖にしましょう」
河川が回復しなければジュールは生えない。限られた砂糖しかないのなら、それはそれで有効活用すればいいのだ。
ジュールから砂糖を精製する特許と、砂糖を使用した商品の一部利益。これもユリウスと折半することで話はまとまり、ヤマト立ち会いのもと今度は初めから日本語で用意された誓約書にユリウスから貰った馬鹿でかい判子をついて、わたしは上機嫌で謁見の間をあとにした。
明日にはジュール伐採のため人手がかり出される。わたしは既に精製した砂糖の袋を持ってすぐさま厨房に赴き、キッシュにいくつか新たなレシピを伝授した。
やはりキッシュはそのレシピを知らなかった。大豆を利用したデザートだから余計だったのかもしれないけど。他のコックたちも新たなレシピに目を輝かせて必死にメモをとっていたから、きっと真剣に取り組んでくれるだろう。わたしはその完成を寝て待っていればいい。
だがその晩、ふたつの事件が起きる。
ひとつは入浴時に起きた。久しぶりに赤い暖簾をくぐって浴室に足を踏み入れ、檜の香りと湯気で満たされた温かい風呂場に頬を緩ませわたしは両手を掲げて叫んだ。
「ああ。やっぱりお風呂は最高よ! シャワーが出ればもっと最高……」
そしてがくりとうなだれる。
「いうんじゃなかったわ」
タライで湯船からお湯をすくってこの長い髪を洗うのは本当に一苦労なのだ。ありがたいことに使用する石けんで髪が傷むことはなかったけれど、一体何度お湯を流せば済むのか。
いっそのこと短く切ってやろうかと思ったこともあったけど、これはわたしのポリシー。おかげでシャンプーのCMにも出演できたし、切るわけにはいかない。
ま、いつ帰れるかわからないけど。
そんなわけで一変してうんざりした表情を浮かべながらタライを手に取り、とぼとぼと湯船に近づいたときだった。
――おや、アイゼン神がこんなことに力を残していたとは驚きましたね。
「ふえ!?」
突然背後から聞こえた声に思わず手にしたタライを落としてしまった。カラン……!と響き渡るタライの音と硬直したわたしに構わず声は続く。
――水が湧かされている……
火の精と水の精の恩恵がここには強く残っています。一体これはなんですか?
「シュナンツェ!!」
仰天しながら後ろを振り返れば、床までついた長い銀髪にこぼれそうなほどの豊満な胸を漆黒のドレスに押し込めたシュナンツェが、足もとからおどろおどろしい黒煙を立ち上げて、くびれた腰をくねらせながら湯船をのぞき込んでいるところだった。
皆様、こんにちは。
お久しぶりです。
長々とお待たせして申し訳ありません。
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