有効活用
「しかし……本当にこれでいいのか?」
「使えるものは使わなくちゃ」
眉を寄せて問いかけたオスカーにアスカは平然と言ってのける。その隣にはライザーがオスカーと同様に難しい顔をして立ち並んでいた。
「確かにあの者たちの処遇は其方に一任するとは言ったが、なにもこのような神聖な場所に……」
「働かざる者食うべからずって言うじゃない。頭領のザックがわたしの護衛になったんだもの。もう彼らは野盗には戻れないのよ。つまり無職よ。ニートよ。やることないんだから、ここで役に立ってもらえばいいじゃないの。ザックも了承したんだし」
アスカの後方に控えるザックは目の前に広がる光景からそっと視線をそらす。
自分だけではなく仲間の面倒もみてやるとアスカが申し出てくれたときは、その慈悲深さに本当にこいつは巫女かもしれないと思ったりもしたのだが、実際に仲間の現状を目の当たりにするとあれは悪魔の囁きだったのではないかと思わずにはいられない。
筋肉隆々のはげ頭の男は豚を追いかけ回している最中に横から突進してきた豚に体当たりを食らって「どわあっ!」と声をあげて転がり、体中に刀傷のある男は鎌を片手に中腰で稲を刈り取り続け、額に浮かぶ汗を爽やかな笑顔で拭い取る。
三白眼の眼光の鋭い男はニワトリをとらえようと駆けずり回り、しまいには産みたてのタマゴを踏んづけて悲嘆に暮れ、敷地内のところかしこでは屈強な男たちが白エプロンに白い三角巾を頭にかぶり、ミズノと侍女長にガミガミと怒られながら建物の掃除にあたっていた。
もう一方ではアスカの命により、アジトを無慈悲に解体して回収された砂糖の原料となる硬い幹を汗だくになりながら切り刻む男たちの姿と、絞った汁を釜にかける男たちの姿がある。
その周囲には虫のように休む暇なく飛び回る炎の精が何匹もいて、時たま男たちに火の粉を飛ばしてイタズラを働いており、言葉通りケツに火がついて「んぎゃああっ!」という男たちの悲鳴と楽しそうな精霊の笑い声が重なって聞こえるという、なんとも混沌な光景がここ、神殿内部に広がっていたのである。
「稲や大豆があるなら収穫しなくちゃもったいないし、家畜までいるのよ。何匹か残してそっちも解体しましょう。そうすれば今夜はお肉が食べられるし。砂糖も原料があったって作るひとがいなくちゃ宝の持ち腐れじゃないの。自分たちの寝床を綺麗にするのも当然のことよ」
あの豚肉はなにに使おうかしら……などと、今夜のご馳走によだれを垂らすアスカの心情など知らぬライザーは目を丸くして問いかけた。
「自分たちの寝床? つまりそれは彼らをここで寝泊まりさせるということか」
「ええ、そうよ。他に行く場所がないんだから仕方ないでしょう? 都合よく空いてる建物もたくさんあるんだし」
「しかし野盗を神殿に寝泊まりさせるというのは……」
「彼らの処遇はわたしに一任したはずじゃなかったの、ライザー。それにこの神殿を開いたのはわたしなんでしょう? 決める権利はあるはずだわ」
「しかしここはユーラ城の一部でもある。御当主様の許可がなくては……」
「そう。せっかくルドルフがいなくなったというのに、またあの話をぶり返さなければいけないのは心苦しいけど、そういうなら仕方ないわね。ユリウスと話をしてきましょうか」
砂糖があるなら豚の角煮でもいいわね、と目の前に現れた豚の角煮を想像してうっとりとした表情を浮かべていたアスカの目が、すいっと細められライザーに向けられる。
その「自分の命を狙ったことを忘れたのか」とでもいいたそうな目に、ライザーはグッと言葉を飲みこむ。
あの話はルドルフを解雇することで収拾したはずだが、やはり弱みを握られたことに変わりはない。おそらくアスカは、これからこちらが反発すればことあるごとにあの話を持ち出して脅してくるだろう。
だが精霊の泉への出立まであとわずか。いまは波風を立たせず好きなようにさせるほかない。
そんな御当主様の意見にライザーも同意せざるを得なかったのだが、長年閉ざされていた神聖な神殿という場所に、いち早く勤めるのが野盗というのは納得できないものがある。
それで口を挟んでみたのだが、結果は想像したとおり。
ライザーは目の前に広がる混沌とした状況に深々と嘆息をつくと、諦めたように言葉をもらした。
「いや……結構だ」
「そう。それはよかった。わたしは他にもやらなくちゃいけないことがあるの。ユリウスとくだらない話をしている暇はないもの」
にこやかな笑顔をライザーに向けると、アスカは混沌に背を向けて神殿を後にした。
精霊の泉に行くまでもうあまり時間がない。急いで取りかからなければ。
「時は金なり!!」
そう意気込むアスカの背を、幾人もの白い眼差しが大きなため息と共に見つめていたとは知らぬまま。
みなさん、こんにちは。長らくお待たせ致しました。黒猫の更新を再開したいと思います。
ゆっくりのペースにはなりますが、どうぞお楽しみください。
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