墓標に吹く風
遺体を集めた広間にはすでに大勢の騎士たちが集まっていた。
どうやらわたし達が最後のようだ。
木材と藁を重ねた上に遺体が山のように横たわっている。
その一番手前にオスカーさんは彼女の遺体をそっと降ろした。
「これで最後か?」
オスカーさんが騎士達に確認すると皆が頷いた。
そこに一人の騎士が松明を持ってやって来る。
「ちょっと待ってください」
わたしは慌ててバックパックを取りに走った。
手荒く掴んで戻り、水とハンカチと菓子パンを取り出す。
それから自分の首の傷を拭いた時と同じようにハンカチを濡らして、お姉さんの顔と体をできるだけ綺麗に拭いてあげた。
せっかく美人さんなんだから最後は綺麗にしてあげたい。
その所作を騎士達は不思議そうに眺め、少年は黙って見ていた。
全部綺麗にしてから、胸の上で手を組み合わせる。
ちょっと笑えるかもしれないけど菓子パンもその上に置いた。御供物の代わりだ。
菓子パンなんかで悪いけど天国に行って食べてもらえると嬉しい。
そういう気持ちで見送る準備を整える。
「綺麗になったわよ。本当にお姉さん美人ね。あと、これは食べ物だから」
「食べ物……そっか、ありがとう」
少年は少しだけ嬉しそうに笑った。
松明が藁に灯され、徐々に火が広がって行く。騎士達は一列に並び、胸に手を当てて黙祷した。
それがここのやり方なのかな。
わたしは日本人だ。手を合わせて祈る。少年はわたしを不思議そうに見た後、同じように手を合わせて目を瞑った。
すべての遺体を炎が包み込んだ後、騎士達はその場を去ろうとした。
だけどここでもわたしは首を横に振った。焼き終わるまで待って欲しいと。
オスカーさんは燃え盛る炎の前でじっと膝を抱える少年に悲愴な目を向けて無言でうなずいてくれた。
立ち昇る炎と煙の揺らめきを、少年はその場に座ってずっと見ていた。
あの煙に乗って彼らの魂は天へと昇るのだろう。
悲惨な死だった。もしかしたら恨みつらみもあるかもしれない。でも、どうか安らかに眠って欲しいと思う。
ひとの肉が焼ける臭いは酷いものだった。
だけどわたしは少年の隣に腰を下ろす。
悲しい時やつらい時、わたしにはいつも涼太がいてくれたから。
それで立ち直ったことは数知れずあるから。
あのとき――
玄関に出向いたわたしの前に涼太が立っていた。
両親が亡くなったと告げた涼太の顔に涙はなかった。
いまにも消えてしまいそうな言葉には精彩がなく無機質で、感情が停止した表情には持ち前の冷然とした美しさだけが不気味に映し出されていた。
だけどそのとき、ひとは涙を流さなくても泣けるのだと初めて知った。
長年の付き合いがあったからこそ、わたしにはわかる。
涼太の心は泣いていた。感情を吐き出せないほどの衝撃に体が戸惑っているのだ。
もともと涼太は素直に感情を表すタイプではなかった。
それをクールだと褒めるひとも多かったけど、こんなときまで大人ぶらなくてもいいのにとわたしは思った。
頑なに涙を閉じ込めようとする涼太を見ているのは、とても心が苦しかったから。
もっと泣き喚けばいいのにと。癇癪を起こして当たり散らせばいいのにと。
ずっとそう思っていたけど、涼太がわたしの前で涙を流すことはなかった。
だからこそ涼太をひとりにしておくことが怖かった。
ひとりにしたら、ふらっと消えてしまいそうだったから。
わたしはそれから時間が許す限り涼太と一緒にいた。
わたしの自宅で共同生活することから始まり、同じ部屋に布団をひいて一緒に寝たし、登下校も一緒。学校でも休憩時間は涼太の教室に行った。ウザイくらいべったりとくっついたわたしをみて、まわりからは付き合ってるのかとからかわれたりもしたけど、喧嘩して殴ってやったら黙った。
そうして数ヶ月経ったある日。
涼太が笑った。
おまえ、くっつきすぎ。
そう言って、笑った。
あの日以来、はじめてみせた笑顔だった。
ひとが痛みを忘れるには時間がかかる。
そしてそれは、ひとりでいるよりふたりでいた方がきっと早く済む。
きっと理由なんてなんでもいいのだ。
ウザイ女がそばにいるとか、隣に誰かいることで気が散漫になるとか。幼なじみが喧嘩して校長に説教を食らうとか。
誰かがそばにいるだけで、塞ぎこんだ気持ちに新しい風を運んでくれる。
はじめは無風に近いそれも、ときにはそよ風となったり心を包む春風となることもあるだろう。風によって形を変える砂丘のように、そうして少しずつ痛みも変化する。
時折、ぱちっと何かが弾けるような音が立つ。
わたしはバックから新しいペットボトルを取りだしてキャップを外し、少年に手渡した。
「水よ。全部飲んでいいから。あげるわ」
少年は無言でそれを受け取った。炎の揺らぎに透かして不思議そうに首を傾げてから、少しだけ唇を湿らす。確かめるようにちびちびと含んだ後は一気に飲み干した。
「はい、これもあげる。全部食べていいから」
今度はありったけの菓子パンを取り出した。全部で三つしかないけど。
あとバックに入っていた非常食は缶詰とカップラーメン。
これは今すぐに食べられない。
ちらりと少年を見るとこれまた不思議そうな目をパンに向けていた。
もしかして食べ方がわからないのかしら。
「こうやってね、袋を開けて食べるのよ。これ菓子パンっていうの。見たことある?」
袋を破ってみせると少年は首を横に振った。
期待はしてなかったけど、やはりないらしい。
小豆マーガリン好きだったのに……もう当分は食べられない。
若干凹みながら、わたしは一口食べて少年にもちぎって渡してあげた。
「ありがとう……」
小さい声でお礼を言って、少年はパンに齧り付いた。
気に入ったのか、ちぎってあげる度にパクパク食べる。
まるで雛鳥に餌づけしているような感覚に心が和み、頬が綻んだ。
「名前、なんていうの?」
「トキ」
やはり雛鳥ですか?
「他に親戚いるの?」
少年は首を振る。
あらま、どうしよう。
まさかこんな所に置いて行く訳に行かないし。
「じゃあ、わたしと一緒においで」
当主のところに行って、おまえ達の力量不足で孤児が出たと言って責任を取らせよう。
もしダメでもなんとかする。
わたしがしゃしゃり出て行った結果だ。
助けるだけ助けて、ここではいさよなら、なんてできる訳がなかった。
少年は顔を上げてから、ぱちりと瞬きをする。
「一緒に行ってもいいの?」
「うん、いいわよ。こんな所にひとりで置いていけないじゃない。わたしもどこに住むか決めてないし、なんなら一緒に暮らしてもいいわよ。ひとりよりも心強いもの」
ひとりよりふたり。ふたりより、ふたりと一匹だ!
結束はチカラとなる!
「とりあえずこの国の当主様と会わなきゃならないから、そこまで付いて来てくれないと困るんだけど。それでもいいかしら」
少年はこくりとうなずいた。
よしよし。少年は現地民だし、幼いといってもある程度の土地勘はあるに違いない。
ナビ、情報、ダイジ。
「ところでトキ。あなた何歳なの?」
「十三」
十三……やっぱり歳のわりに身長は小さいし、肉付きなんて全然ない。
これはたくさん食べさせて肥えさせないと。
拾った以上はトキが働き口を見つるまでは面倒みなくちゃね。
それだけは心に固く誓って、わたしは遺体が焼き終わるまでその場にいた。
焼き終わった後は騎士たちが遺骨を埋めて小さな墳墓を作ってくれた。
その頃には陽も大きく傾き、燃えるような赤い太陽が空を染めていた。
風も心なしか涼しくなった気がする。
夜の息づきかいが草原を吹きすさび、墳墓にうら寂しい影を落とした。
哀愁漂う夕方の光景は少しだけ日本と似ている。
「では、そろそろ行こう。ここから二時間ほどで着くはずだ。すこし急ぐぞ」
オスカーさんの号令で皆が馬にまたがる。
トキはギリギリまでお墓の前にいた。
「トキ」
馬上から声をかけると、うんと小さくうなずいて手を伸ばした。
わたしはトキを前に乗せて、バックパックを背負い直す。
少し軽くなったバックの上にはヤマトが。
失ったものを埋めるようにのしかかっていた。
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