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紅が落とす影

「なあ、あんたがルドルフさんかい?」



 窓から射し込む日の光が茜色に染まり、大食堂を朱く照らし出す。


 間もなく一日の終わりを告げようとしているその光は、縦に何列も並ぶ長テーブルと乱れることなく綺麗に揃えられたえられた何百もの椅子に、うっすらと影を落としていた。


 夕食の時間にはまだ少し早いが、それでもまばらに人の姿はある。


 ぽつりぽつりと席を埋める騎士の傍らに立ち、そう声をかけたのはコック服に身を包んだキッシュだった。



「そうだが、何かわたしに用か」



 食事の手を止めてキッシュを睨むように見上げたルドルフの骨張った頬骨やくぼんだ目は、夕日を受けて影が落ち、より一層不気味さを増している。


 だがキッシュは表情を変えることなく、そんなルドルフを鋭い眼光で睨みかえした。


 アスカたちが狙われていることを豆腐屋の爺から聞いてからというもの、キッシュは騎士たちが食事どきに交わす会話に聞き耳を立てるようになった。


 そんな中、とある騎士たちが大笑いしながらアスカの話で盛り上がっているのを耳にしたのだ。


 その輪の中に入り込み耳にした内容は、「立花朱鳥と第四騎士団」についてのものだった。


 アスカが第四騎士団を目の前にして堂々と自身の性交を暴露した話は騎士の間では有名な噂話になっており、それを聞いたキッシュは呆れてため息をつくしかなかったが、その話にはもうひとつ気になる出来事が付随していたのだ。


 それが騎士たちが盛り上がって話していた内容の要であった、「アスカ対ルドルフ」の言い争いである。


 それは一度だけで終わらず、たった一日で二度起きたのだという。


 それはルドルフの勘違いから始まり、野盗に襲われた集落での死者を弔うか否かの論争など、あの気の強いアスカの性格を知るキッシュからしてみれば、必然ともいえる出来事であった。


 この国で野盗に襲われる小さな集落は、数え切れないほど存在する。


 まとまりのある大きな町に野盗が襲撃をかけることはほとんどないが、働き口をなくして身を寄せ合う集落は野盗にとってのいい鴨だ。


 料理修行と称して各地を渡り歩いていたキッシュも、そんな痛ましい現実を何度も目にしてきた。


 だからこそ、ルドルフに向けられたアスカの言葉を耳にして呆気にとられる一方で、内心ではよくやったと拍手喝采を送ったのである。


 だが――



「ちょっとした噂を聞きつけてな」


「わたしとなにか関係でもあるのか」


「ああ。大ありだ。あんたがタチバナ・アスカを殺そうとしたって噂だからな」



 それを聞いたルドルフの目は大きく見開かれ、眸は驚きの余り小さくなった。


 目を細めてその様子を目にしたキッシュはそのとき確信する。やっぱりこいつだったと。


 実際のところ、キッシュはそんな証言を誰からも手にしていない。


 だけど第四騎士団がラーミルの指揮のもとサワナに発った後、あのライザーがルドルフについて聞き込みを行ったいうのが、騎士達がアスカについて思い出話をぶり返すきっかけとなっていたのだ。


 それは時系列的にライザーがキッシュを呼び出した直後の出来事。ライザーの含みのある質問をひょうひょうと交わしたキッシュではあったが、内心は冷や汗ものだった。


 アスカに個人的な恨みを持つルドルフとライザーが手を組んだのかとも疑ったが、騎士に聞き込みをしていたライザーの顔は青ざめていたという。


『あんなに真っ青な顔をしたライザー様は初めて見ました』


 そんな騎士の証言にキッシュは思わず首をかしげたが、ルドルフが毎夜騎士たちに語っていたアスカへの恨み言を聞くに疑わしさは拭えない。


 それでカマをかけてみたのだ。



「な……なんのことだ」


「それはあんたが一番わかってんじゃねえのかい? いいか、よく聞けルドルフさんよ。多くは言わねえがひとつだけ忠告だ。あのお嬢ちゃんはな、気性が荒くて何を考えてるのかわからねえことも沢山あるが、それだけじゃねえ」


 アスカは真っ直ぐでわがままなところがあるが、人とは面と向き合う人間だ。


 そして何よりもメシをうまそうに食う。どんなにまずくても味けがなくても絶対に残さない。単に意地汚いせいかもしれないが、それでもキッシュは笑顔でご飯を食べるアスカのことを気に入っていた。


 だからこそ。


「あいつに二度と手を出すな。もし次があったそのときは、あんたのその顔が言葉通り骨だけになるだろうぜ」


「コックふぜいが騎士を脅すとは片腹痛い。おまえなどすぐにでもここから追い出してやるわ。覚悟するがいい」


 眼球をぎろりと動かして腹底から冷え切った声を出したルドルフの背後から、人影が近付いてくる。片手に筒状の書簡を抱えて。



「第四騎士団所属、ルドルフ・ギルネウスだな」



 その声に振り返ったルドルフは「は! さようであります!」と大げさに声を張り上げて、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


 声をかけてきた男が何者なのかキッシュにはわからなかったが、ルドルフの態度を見るにお偉いさんなのだろう。



「御当主様より其の方に下命が下された。ありがたく拝命するように」


「は! ありがたく拝命させて頂きます」



 片膝をつき、恭しく手渡された書簡を手にしたルドルフの顔つきが一瞬で強張った。なぜならその書簡は黒帯で結ばれていたからだ。



「こ……これは」



 男はなにも答えず、黙ってルドルフを見ている。だが下命に使用される帯紐の意味を知らないものなど騎士の中にはいないだろう。


 ルドルフは信じられぬ思いで黒帯を解き、書簡を取りだすとその内容に目を通した。




『ここにユリウス・アイゼン・ブラックウェルの名をもって、本日付けで第四騎士団所属ルドルフ・ギルネウスの騎士号をはく奪し、ユーラ騎士団の即時脱隊を命ずる』




「嘘だ!」



 書面をぐしゃりと握りつぶし、ルドルフは顔面蒼白で叫んだ。


 確かに命令は遂行できなかった。だが騎士号はく奪の上に騎士団脱隊だと!?


「認められません!」



 それはライザーとて同じことだ。なぜ自分だけが!


 そう大声で叫びたくなるのをルドルフは必至にこらえる。



「御当主様の命令に異を唱えるのか、ルドルフ・ギルネウス。それは反逆罪に問われる行為だ。そうなれば打ち首もありえる。早々にその書簡を持ってこの城から立ち去るがいい」



 男はルドルフを一瞥するときびすを返し、その場を後にした。


 がくりとうなだれて、皮膚が白じむほど強く手を握りしめ、肩を小刻みに震えさせるルドルフを冷ややかな目で見つめて、キッシュはルドルフの肩にぽんと軽く手を乗せる。


「ご愁傷様。俺がこの城を出るより、あんたの方が先だったみたいだな。ま、元気でやれよ。ルドルフさんよ」



 ひらひらと手を振ってキッシュもまたその場を後にした。


 ひとり取り残されたルドルフは怒りに目を血走らせ、歯を立てて噛みしめた唇はぷつりと切れて、一筋の血が流れ紅に染まり落ちた。



いつもご覧頂きありがとうございます。

更新を楽しみにされている読者様には大変申し訳ありませんが、諸事情により誠に勝手ながら本日の更新を持ちまして、しばらく本作品を休止とさせて頂きたいと思います。


再開予定は一月後を予定しています。


また再開致しましたら、活動報告などでお知らせしたいと思うので、それまで待っていて下さると嬉しいです。宜しくお願い致します。




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