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薄紅色の夢

「なんでおまえが一緒にいるんだよ」


「ぼくはアスカのフィアンセだよ? ついて歩くのは当然じゃないか」


「いつどこで。誰が決めたんだよ、そんなこと」


「彼女を一目みたときに、ぼくが決めたんだよ」



 不毛ないい争いをするふたりをシカトして、わたしはテオの案内でオスカーさんの部屋へと向かっていた。


 ユーラ騎士団は二十四の隊に分かれているが、その役割はバラバラで城に常駐しているのはその中でも十二の隊だけ。その十二隊長が城内に自室をあてがわれているのだそう。


 とはいっても自室を使用することは滅多にないそうで、基本的には城敷地内にある寄宿舎で寝泊まりしているんですって。


 いつなんどきでも即座に対応するには、城の中で寝ていられないんだって。


 まあ、そりゃあそうよね。


「ここね」


 隊長室が連なるその場所は人影ひとつ見当たらず、しんと静まり返っている。


「わたしがいって話してくるわ。みんなは、ここで待っていて」

「ぼくも一緒に……」


 何か言いかけたナルシストはトキとテオにグイグイと腕を引っ張られて、どこかに消えていった。そのままサワナまで帰ればいいのに。


 静寂を取り戻した部屋の前。


 わたしはひとつ小さく息を吐くと、ドアをノックした。


 間もなくして部屋の中で小さな物音がし、ガチャリとノブが回ると開かれたドアの隙間からオスカーさんが姿を現し、驚いたように目を見張った。



「……アスカ?」


「辞職願いを出したそうですね。その件についてお話があります。中に入れてもらえますか」



 少し低めの声でそう伝えると、オスカーさんは眉を寄せてしばらく黙りこみ、部屋から出てきてドアを閉めた。



「わたしも話があったから丁度いい。少し歩かないか」


「いいですよ」



 うなずいた私にやわらかな微笑みを浮かべ、オスカーさんは歩みを進め始めた。


 オスカーさんの背中を見つめながら、いったいどこに行くつもりなのだろうと、黙って足取りを追いかける。


 見慣れない通路を何度も折れ曲がって階段を降り、不意に行手をさえぎる扉をオスカーさんが押し開くと、眩しい日射しが目に飛び込んできて私は思わず目を細めた。


 だけど――


「え……」


 その直後、ある物を目に捉えて私は思わず言葉を失う。


「嘘……」


 この世界に来て、信じられないものは沢山みた。


 喋る猫、野盗に襲われた集落、無残に放置された死体、魔法のような門、精霊や神様。


 どれもこれも日本では出会うことのないもの。


 だけどいま、私の目の前にそびえ立つそれは、古くから日本人に愛されてやまないもの。日本どころか世界中で愛されてやまない、それは。



「桜……」



 燦々たる日射しを浴びて、さわさわと揺れながら薄紅色の花びらが大きく広がった枝を覆い隠し、仄かに鼻腔をくすぐる桜の香りを運ぶ。


 小さな中庭に一本、悠々と佇む桜の木。



「なんでここに……」



 呆然とこの世界にあるはずのない桜を見つめる私を振り返り、オスカーさんは微笑みを浮かべた。



「時見の巫女様が自国から持ち寄られたものだそうだ。当時はまだ子供の背丈ほどもない木だったそうだが、六百年経ってこのように立派に育った。毎年決められた時期になると、このように美しい花を咲かせる」



 時見の巫女が……桜を。


 私はこの城にきてから、時見の巫女が持ち寄ったとされる様々ものを目にした。


 着物、お箸、お風呂、和室。

 数えきれないほどあるそれらはみな、生活に必要なものばかりで。


 ひとつひとつ知るほど、こう思ってしまう。


 彼女はもしかして、帰りたかったんじゃないのかって。


 元の世界で身近にあったものをひとつひとつ身の回りにそろえて、元の世界を懐かしみながら過ごしていたんじゃないのかって。


 大豆や稲については、貧困に苦しむこの国を救うために思いついたことなのかもしれないけれど、きっとこの桜は違う。


 私だって元の世界に帰りたいと願うけれど、幸運なことに今まで寂しさを感じることはなかった。


 それでも、この桜の木を見ると切に願ってしまう。


 ああ、帰りたいなと。


 みんなで桜の花びらが舞い散る下でシートを敷いて、美味しいものを食べて笑って。


 お母さんや涼太が隣にいて、和美さんや圭一さんが世話を焼く、いつもの光景。


 この桜の木を見ていると、元の世界であった様々な思い出が頭をよぎり、懐かしさで胸が締めつけられる。



「桜というんです。私の国では凍えるような寒さの季節をこえて、暖かくなってくると咲く花です。こんな風に薄紅色の花が満開に咲き誇る桜の木が、何千何万本と咲く場所が各地にあるんです。見渡す限り一面が桃色で、とても綺麗なんですよ」


「この木が何万本も……それは見事な景色だろうな」



 オスカーさんはゆっくりと歩みを進めながら、桜の木を見上げて眼を細めた。



「それはもう。一度みんなに見せたいくらいです」



 ひらりと舞い落ちた桜の花びらを手のひらでそっと受けとめて、私は想像する。


 キッシュに美味しいお弁当を沢山作ってもらおう。


 トキやテオはきっとお花見に行ったら、また無邪気に走り回ったりするんだろうな。


 それを呆れた顔で見つめて、ミカンやオスカーさんは桜の木の下でお酌をして、ほろ酔い気分で話が弾んだりして。


 ミズノ婆ちゃんやロウェル爺ちゃんも、それが私の国の伝統なのだと言ったら、きっと喜んで参加してくれる。


 仕方がないからナルシストも入れてあげよう。ナルシストは自分より綺麗な桜に嫉妬して、ひとりで文句をつけているかも。


 でも、そんな光景も悪くない。


 ここに桜があるのなら、それはきっと夢では終わらない。


 私は頭の中で描いたその夢を現実とするため、口を開く。


 そのためには、みんなが私のそばにいてくれなければならないのだから。






皆さんこんにちは。エスプレッソです。


先日、出番が少ないにも関わらず涼太のFAを白玉ぜんざい様から頂きました。

本当に嬉しいし感謝です!

本編冒頭のFA置き場に掲載しましたのでぜひ見てみてね。


皆さんのお気に入りのキャラクターは誰でしょうか?

作者ルートで集めた情報によると、意外にもライザーの人気が高いようです。


本日は夜にまた更新を行います。

オスカーとアスカはどうなるのか。その続きをご覧になれます。

ぜひお楽しみに!




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― 新着の感想 ―
[一言] 時見の巫女さまが、どんな人だったのか、その足跡を辿るたびに気になりますね。 そして、人気キャラの一番はなかなか決められませんですわ。 スポットが当たるとどのキャラも魅力的なんですよねぇ
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