テオの説得
「ハニー。ザックたちのことを救いたい気持ちは理解できる。だけど、彼らのことにまで口を出すのはどうかと思うよ」
「だって理由が知りたいのよ。私に何もいわずに騎士を辞めるなんて、そこまで追い詰められるようなことが何かあったんだわ」
「だとしても。騎士には騎士の道理ってものがあるだろう。彼らが決めたことに口を出すべきじゃないと、ぼくは思うね」
ザックたちを地下牢から解放した後、とりあえず行くあてもない野盗たちは神殿で待機するように指示をして、私たちは次なる目的――オスカーさんとテオのいる場所へと歩みを進めていた。
「私は騎士じゃないから、そんなこといわれても納得できないしするつもりもないわ」
野盗を救うことには異議を唱えなかったナルシストが、やたらとオスカーさんたちを説得することに口を挟むものだから、だんだん私の顔も険しくなる。
「そうは言っても……」
「ナルシスト」
「なんだいハニー」
ぴたりと足を止めてナルシストを振り返ると、相変わらず全身フリルだらけの金魚みたいなナルシストがそこにいた。
いや、そんなことはどうでもいい。
私は口角を下げてナルシストをにらみつけた。
「あなた、オスカーさんたちに戻ってきて欲しくないの?」
「そうだね……誤解しないで欲しいんだけどね。彼らは護衛騎士としての役目をまっとうできなかったんだ。そんな役不足の彼らがまた戻ってきたところで、きみの安全は約束されない。つまり、呼び戻すだけ無意味ってことさ」
「分かってないのね。いま私が安全にここにいられるのは、オスカーさんやテオがいたからなのよ」
そう。あの日、砂漠で干物になるはずだった私を助けてくれたのは彼ら。サワナでは確かに色々あったし危険な目にもあった。だけどそれはオスカーさんたちのせいじゃない。
私たちが寄宿舎に向かうと、第四騎士団の方々と出会った。辞職といっても騎士である以上そう簡単に城をあとにすることはできないんだそうで、いまは各自の部屋で過ごしているとのことだった。
それでまずはテオの部屋に殴り込みをかけた。
「たのも――っ!!」
「うわっ、なんだよアスカか!?」
テオの部屋に来るのは初めてだったけど、私は目を白黒させて扉を開けたテオには構わず部屋に入り込む。
「待てよ! だから何度もいってるだろ!? 女の子が男の部屋に入るなんて……」
「なぜ辞めるの。その理由を聞いて納得したら出ていくわ。納得できないうちは出て行かないから。いつまでだっているわよ。夜になろうが朝までかかろうが!」
私が息巻いてそう怒鳴ると、テオはサーッと顔を青ざめた。
「わかった。わかったから……」
頭を抱え込んだテオに構わず、私はここぞとばかりに部屋を見渡した。私の部屋は軽く十畳はある和室だけれど、テオの部屋はもっと狭い。洋室のワンルーム。本当に必要最低限のものしか置けないような六畳程度の部屋だ。
「サワナでの責任を取るんだ」
「あなたが責任を負う必要なんてないわ」
「そんなわけないだろ。俺はアスカの護衛騎士だったんだぞ。それなのに、全然アスカを守れなかった。野盗に連れ去られた時も無事に戻ってきてくれて良かったけど、もしかしたら死んでた可能性だってあったんだ。あのヤマダさんって人がいなかったらどうなっていたか……!」
「山田さん……」
そうだった。私と一緒にモルモット宅で療養していたらしいけど、気がついたらいなくなってたって。
風の又三郎かって感じよね。
お礼くらいいいたかったのに、どこに行っちゃったのかしら。
そんなことを思いだした私の足元では、ヤマトがついっと視線をそらしていたりするのだが、私はまったく気がつかなかった。
「いい。テオ、よく聞いて。人っていうのは失敗から学ぶものなの。それも一度や二度の失敗じゃないわ。何度も何度も嫌になるぐらい失敗して学ぶのよ。失敗をせずに生きていられる人間がいると思う?」
「そりゃ……そんな完璧な人間になりたいけどさ。いないと思う」
「そうでしょ。失敗は人生の経験であり宝なのよ。もちろん反省することは大事だわ。だけどそこでやめちゃいけない。それを糧に精進するの。あなたならできるはずだわ」
「アスカ……」
なーんて、全部お母さんの受け売りだったりするんだけど。
私も涼太も完璧に仕事をこなしているわけじゃない。何度も失敗して苦渋を味わった。もう嫌だって投げたしたくなる時もある。だけどそれでも踏みとどまれたのは。
「騎士の仕事……好きなんでしょう?」
そう、その仕事が好きだからだ。
テオが騎士という職業に敬意を示し、騎士道精神を大事にしているのは知っている。
辞めたいはずがないんだ。
テオはぐっと唇を噛みしめると、手を握りしめてうつむいた。
「俺……小さい頃から騎士に憧れてた。強くてかっこよくて、誰にでも優しくて。そんな騎士になりたかった。うちは貴族じゃないけど、母さんたちは俺の夢を叶えるために一生懸命働いて騎士学校に入れてくれた。たくさん勉強したんだ。それでも騎士になれないやつはごまんといる。だから騎士になれた時は本当に嬉しかったんだ」
テオの目からぽつりぽつりと涙が床にこぼれ落ちる。
私はテオの傍に歩み寄り、震える肩をぎゅっと抱きしめた。
「じゃあ……もっと頑張らなくちゃ。立派な騎士になってお母さんに恩返しもしないとね」
「うん」
「それに私はテオがそばにいると元気がでるの。それって誰にでもできることじゃないわ。だから私からお願いするわ。テオ・アーモット。私の護衛騎士に戻ってちょうだい。これからもずっと」
テオから体を離し、「ね?」と笑いかけると、テオは鳶色の瞳に涙を浮かべてニカッと笑顔を浮かべた。
「この命、尽きるまで」
そういってテオは私の手を取ると、甲に口づけを落とした。
本当に騎士みたいだわ、なんて呆けながら思った私だったけど、それが騎士の「忠誠の証し」であったと知るのはもっと先のこと。




