ザックと野盗たちの覚悟
「ここが地下牢かい。地下だから仕方がないとはいえ、随分と陰鬱とした雰囲気だね。薔薇でも届けたらどうだろうか。もう少し華やかになると思うんだけどね」
地下へ続く道は城を抜け、騎士たちの寄宿舎に囲まれた場所にあった。
常に騎士が警戒体勢をとり、厳重な見張りが行われているその場所は城内部とは違ったピリピリとした雰囲気がある。
キッシュから場所を教わって、食堂で未だにトキから箸の使い方を教わっていたナルシストを伴い、私たちは朝食すらとらずにこの地下牢へと足を踏み入れた。
そういえば現代日本人たる私はどちらも使いこなせるから、特に違和感なく出てきたカトラリーを使っていたけども、サワナではナイフとフォークだったのよね。
ユーラは箸を使うのを伝統にしているけど、ナイフとフォークがないわけじゃない。
ナルシストが箸に苦戦しているからキッシュにナイフ使わせたら良いじゃないって耳打ちしたら、なぜか鼻で笑って流されたのよね。
そんなわけで、私たちは実に様々な事情からろくに朝食をとらないまま足を踏み入れた地下牢なのだけど。これがまあ、絵に描いたような地下牢というか。
ここに薔薇を飾るっていうナルシストの美学は理解できないけども、陰鬱とした場所っていうのに異を唱えるつもりはない。
地下だから日も当たらないし、空気はよどんでいるし、ピリピリとした騎士の雰囲気と人生の終わりのような顔をした牢屋の中の犯罪者たち。
両脇を檻で囲まれて狭い通路を歩み、生者でありながら生者の瞳を宿さない連中の視線を浴びて、私たちはできるだけ視線を合わせないように前を向く。
「アスカ……」
「トキ。ほら、おいで」
不安げにトキが顔を曇らせて私の手を握りしめる。私もその手を握り返した。
「もう少し先です。足元にご注意ください」
先導してくれる騎士が気遣うように私たちを何度も振り返る。その表情は周囲を警戒しているというよりは少し悲し気に見えた。
「ここに閉じ込められている連中のほとんどが、生きるために野盗になったものたちです。行き場もなく、再び悪さをする可能性があるのでずっとここに閉じ込められているのですが、日に日に数は増えるばかりで……」
「そう。こんなに……」
「すべては土地が荒廃したせいです。土地が豊かであったなら、彼らも善良な国民のままであったかもしれません。御当主様はその思いから未だにこの者らに手をくだしません」
「そうなの?」
「はい。本来ならば略奪、強奪、殺人、などを犯した罪人は死刑と決まっていますが、もう何年も獄中生活を送っているものも少なくありません。こうなってしまった責任を御当主様が背負われているからだと思います」
責任。
確かに一国の城主として存在する以上その責任からは逃れられない。それがユリウスの背負った運命であり、責任なのだろう。
トキのお姉さんのような被害者を出しつつも、そうせざるを得なかったザックたち野盗一味もいる。
一概に誰が悪いなどどいえる世情ではない。
だけど。
「恩恵だけの話じゃないわ。外に出て分かったことだけど、この国の人間は知識が足りないのよ。恩恵などなくても生きていける。新しい大豆の公布も行われたし、今回はお土産も持ってきた。これからこの国はもっと豊かになるはずだわ。そして、それには……人手がいるのよ」
「人手ですか?」
「そう」
そうして私たちはついにザックたちが収容されている監獄の前で足を止めた。
「姉御!!」
いち早く私に気づいた野盗Aが立ち上がり、顔を輝かせながら鉄格子に駆け寄ってくる。他の野盗たちもそろって顔を上げた。
「みんな! 大丈夫?」
「わたしらは平気でさあ! 食事にもありつけるんで居心地はそんなに悪くねえですぜ」
「石畳の上に雑魚寝っていうのも悪くねえ。ひんやりして気持ちがいいくらいでさア」
「おめえは寝てばっかりじゃねえかよ」
「寝る以外にすることねえだろうが」
「そりゃそうだ!」
ガハハハッと笑い合う野盗たちの変わらない笑顔にほっとしつつ、私は牢屋の壁際に座り込み、じっとこちらを見ているザックに視線を移した。
「話は決まったようだな。で、俺たちはどうなる」
薄暗い牢屋の中にいながらも目立つ銀髪に、射貫くような鋭い視線で私を見つめるザックがそう口を開くと、騒いでいた野盗達はすっと押し黙った。
「あなたの仲間たちは解放される。その後は私に一任されることになったわ」
「そりゃ、予想以上の処遇だ。下手を打てばこいつらは死刑もあっただろうからな。おめえなら悪いようにはしねえだろう」
「ええ。そこは安心してもらっていいわ。そしてあなたのことだけど」
仲間たちは自分たちが解放されると知っても喜びの声を上げなかった。それよりもザックの処遇が気になるのだろう。
「あなたは――……」
「俺はおまえを守りたい」
凛とした声が地下牢に響き渡った。海の秘宝のような青い目が、揺るぎない思いを込めて真っすぐに私を見ていた。
「おめえが巫女だっていうなら、死ぬ気で守ってやる。俺はずっと待っていたんだ。この土地を救ってくれる巫女ってやつを。だからそこの猫からもらったこの力も、おめえが望む通り使ってやる。そのためならなんだってする。そう……決めたんだ」
「ザック……」
揺るがない意思をその瞳に乗せて、真っ直ぐに私から視線をそらさずそう告げたザックに、野盗たちは今まで見せたことがないような真剣な表情で静かにうなずいた。
その時、やっと理解する。
ザックが仲間たちの命を懸けてここまでついて来た理由はそれだったのだ。そして仲間たちは、みんなそれを承知でついてきたのだ。
それは一か八かの賭け。
ザックが殺されることはなくても、下手を打てばみんな死罪か一生牢獄。
それと引き換えにしてもザックの願いを叶えようとした仲間たちの願い。
道中、一度だって笑顔を絶やしたりしなかった野盗たち。初めからサワナを発ったあの時からすでに覚悟はできていたのだと、彼らの顔がそう物語っている。
「いい仲間を持ったわね」
私は小さく笑う。本当に頭が下がる思いだ。巫女だのなんだのと大手を振るうつもりはさらさらない。
だけど。
「ザック。ユリウスはあなたを釈放するにあたって、この国に仕えることを条件にしたわ。そこまでいうのなら私の下につきなさい。巫女となる人間の護衛は大事なお務めよ。私に助力すればひいてはこの国のためになるでしょう」
今はまだ、ちょっとだけ巫女のフリをしてもいいかなと思ったのだ。
それがザックの生きる道になるのなら。




