交渉
実際、ライザーはサワナであった事のあらましをラーミルからの報告で知り得ていた。
サワナ領主宅の襲撃、陽動のための大豆畑の放火。立花朱鳥の拉致。余すところなくすべてだ。
そしてあのザック率いる野盗は、違えることなくライザーが手引きした者たちだった。
だがサワナでいったい何があったのか、ライザーの知り得ぬところでザックたちはもうひとつの勢力と対峙した。そして立花朱鳥を守りヤマトを守り、保護までした。
依頼を違えたことは褒められたものではないが、本心でいえば、よくやったと誉めてやりたいところだ。
だが、もう一つの勢力。それは確かにルドルフが起こしたものだ。
ライザーはルドルフがアスカに恨みを持っていると聞いてから、すぐさま奴の動向を調べた。
そして見つけたのだ。アスカたちがサワナへ経った三日後の夜、寄宿舎に寝泊りしていたルドルフの元へ使者が訪れたのを目にした騎士を。
使者はルドルフにこっそりと耳打ちをして早々に立ち去ったらしいが、その装いは騎士のそれではなかったという。
緩やかな外套を身にまとい現れたという使者。ライザーにはすぐにそれが御当主様の従者であると理解できた。
であればルドルフが裏で糸を引いたこの様々な事件は、御当主様の意思のもと引き起こされたということになる。
だが——
おかしい。何かがどこかで狂ってしまっているような、そんな違和感がどうしても拭えない。だからこそ、ライザーは報告しなかった。
そして立花朱鳥の口によって晒されたその事実を聞いて御当主様は憤慨なされた。それは演技ではなく本心であるとライザーには分かる。
ならアレは……
御当主様の問いに答えるすべをなくし、押し黙って思案に耽るライザーの目に、立花朱鳥の姿が目に留まる。
領主宅でのささいな出来事を話した後、御当主様に向けたその顔つきにライザーは小さく目を見張った。
すっと細められた瞳には何かを確信したような鋭さがあり、御当主様の中に眠る獅子を真っ直ぐに見据えたような強い光が宿る。
その表情は今まで見たこともないほど冷たく、今もなお彼女の中でひとつひとつの紐をつなぎ合わせているような、危うさを感じる。
まずい。本能がそう悟る。これ以上、考えさせてはいけない。
「立花朱鳥」
考えなどまとまっていなかったが、ライザーは言葉を発した。長い睫毛の下でこれ以上ないほど澄み切った夜色の瞳が、ついっとライザーに向けられる。
「あの者たちは、其の方の命の恩人だと言ったな」
「ええ」
「未だ巫女としての承認は受けていないものの、神殿の扉を開き、復活の儀を執り行った其の方の素質は紛れもなく巫女そのもの。その命を救ったのです。情状酌量の余地があってもよろしいかと存じますが」
この娘は聡い。機転も効くし行動力もある。
今この場で答えが出なくとも、きっと足りない材料はおのずと見つけだし、答えを導きだすだろう。
その時のために、今は少しでも点を稼いでおかなければならない。
苦肉の策ではあったが、今は後々のためにもそうすべきだ。
そう結論づけたライザーだったが、対してアスカに劣らぬ鋭い視線を彼女に向ける御当主様はただ沈黙を返した。
ライザーの首筋に薄らと汗がにじむ。
そして——
「あなた、ルドルフに何を……」
「野盗は解放する」
先に口を開いた立花朱鳥の言葉を封じるように、御当主様は言葉を重ねた。
一触即発。二人の短い会話はそんな緊迫感を生み出した。
「……そう。それでルドルフは」
「導く者を保護するのがあの場にいた騎士の役目だ。それを怠った責任はルドルフにある。ゆえに、騎士を罷免する」
「罷免? 火の粉が降りかかる前に払い落とそうというの?」
「なんのことか分からぬな。正当な理由であろう」
語り口は冷静で穏やかなものだ。だが互いに静かにくすぶる炎を宿し、決して目を離さない。ライザーは静かに生唾を飲み込んだ。
「オスカーさんとテオも同じ理由で罷免するの?」
「あの二人は自ら身を引いたのだ。予の命令ではない」
「私が説得するわ。だから受理は待ってちょうだい。そうしてくれれば、私の口から今後ルドルフのことについて語ることはないでしょうね」
「……いいだろう。好きにするといい」
ライザーは今度こそ驚きに目を見張って立花朱鳥を見据えた。表情こそ崩さないが御当主様とて内心は同じ思いだったに違いない。
これは交換条件だ。すべてを悟った上での。
彼女はこの場で、すでに答えを見出したのだ。
「話しはついたわね。では私はこれで失礼するわ」
ふっと興味を失ったようにアスカは背を向けた。だが、その足元で黒い猫が一匹、身動きせずにその場に留まる。
何かを訴えかけるように真っ直ぐに金色の大きな瞳を御当主様に向けて、動かない。
その猫に向ける御当主様の瞳もまた、立花朱鳥に向けたのと同じく動じぬ冷たさを宿していた。
しばし見つめあった後、猫もまた興味を失ったようにすっと立ち上がり背を向けて歩き始めた。だがその時。不意に立花朱鳥が振り返る。
「そうそう。私の故郷ではね、死人に口なしってことわざがあるの。だけどそれは、黒幕がバレてない時には有効だけど、バレた後にはただ状況証拠を固めるだけの愚行だから、オススメしないわ。それと、解放後の野盗のことだけど私に一任してもらえるかしら。神殿の扉を開いたんだから、そのくらいのご褒美はくれてもいいでしょう。ねえ、ライザー」
死人に口なし……ライザーは心のうちでその言葉を反復する。
冷ややかなアスカの視線が氷の刃のごとくライザーに突き刺さる。
その視線も言葉も「もうバレているのだからこれ以上の口封じは無駄」だとそう告げている。そして彼女は「その可能性がある」と踏んでいるのだ。
そう悟ったライザーの背筋に冷たいものが流れる。
その鋭すぎる考察力には畏怖の念さえ覚える。だが、あくまでも表情は崩さずにライザーはぎりぎりとところで冷静を保った。
「解放された野盗のことなど、いちいち我々が感知するところではない。好きにするがいい」
「それが聞ければ十分よ」
艶やかな長い黒髪をなびかせて颯爽と立ち去ったアスカの背中を見送り、ライザーはやっと肩の力を抜いた。
だが――
「あの娘……よもや予を脅すマネをするとは、相変わらずたいした度胸の持ち主だな」
再び、ひやりとした空気をまとったユリウスの言葉にライザーは表情を引きしめる。
「はっ……まこと蛮勇の極み。いくら異世界より渡ってきたとはいえ、あまりにも礼節を欠いた行動です。さらに厳しく教育を施すよう、ミズノ様に……」
「ふはははははっ」
「御当主様……?」
「面白い女だ。実に面白い。あの者といると飽きることがないな、そうは思わないかライザー」
くつくつと楽し気に笑うユリウスにライザーは戸惑いを隠せない。
「婚姻か……あの者とならばそれも良いかもしれぬな。くくく」
冗談とも本気ともつかぬユリウスの言葉に、ライザーは大きく目を開いて固まったのだった。




