無言の言葉
私がそれを聞いたのはユリウスと謁見をした翌日のこと。
朝早く、ちゃっかり私と同じ棟に自室を構えたナルシストと肩を並べて食堂に向かい、席についたのを見計らったように現れたキッシュが、アホみたいに大盛りの白米を盛ったプレートを片手にこそりと私に耳打ちをしたのだ。
「オスカーさんとテオが辞表を出した!?」
「ああ。らしいぜ。騎士どもの間じゃ数日前から噂になってやがる。お嬢ちゃんは寝てたから知らなかったんだろうが。ユーラに帰還してすぐのことだったらしい」
「なんでよ!」
「そこまで俺が知るわけねえだろ。騎士どもの話を小耳に入れただけだ。それと、お嬢ちゃんと一緒に来たゴロツキどもな。あいつらは今、牢屋ん中だ」
「なんで!」
「それは簡単だよ、アスカ。ザックたちは野盗なんだ。自分たちから捕まりに来たようなものさ」
慣れない箸の使い方をトキに教わりながら、ナルシストが見向きもせずに答える。
「だってザックは眷属の欠片だからここに来たんでしょう。あんまりだわ」
「それはそうだけどね。彼らが今までしてきたことがそれで帳消しになるわけじゃない。眷属の欠片は確かに貴重な人材だけれど、ザックの他にもいないわけじゃないしね」
「違うわ。ザックは精霊を行使できるのよ。だからラーミルさんもザックを同行させたんじゃない。それにモルモットの屋敷で私たちの命を救ってくれたのはザックたちなのよ。それを牢屋に入れるなんて……こうしちゃいられないわ、わたしザックに会ってくる。その牢屋ってのはどこにあるのよ」
ザックが同行すると決めたと聞いてから、心に渦巻いていた不安が的中した。
ナルシストの言い分も理解できるし、実際そうなんだろう。だけどじゃあなんでザックたちはここに大人しく付いてきたのか。あの賢いザックがこのことを予想しないはずがないのに。
「牢屋は地下にあるが、立ち入りは御当主様の許可がなければ無理だな」
あごに手をあてて難しい顔をするキッシュを一瞥し、私は食事もそこそこに席を立ち上がる。
「じゃあ、ユリウスに会うわ」
「ユリウス……御当主様だね。それならぼくも同行しよう。君の願いを叶えるのは夫となるものの務めだからね。今やサワナは新しい公布を広げるための重要拠点だ。その領主の一人息子の口添えもあればきっと、御当主様といえ無視はできないなずだよ」
「ナルシスト……ありがとう。でも大丈夫よ。一人で行ってくるわ。あなたはゆっくり朝食を食べていてちょうだい」
箸が使えないまま味噌汁だけをすすって立ち上がったナルシストに、キッシュの鋭い視線が刺さる。
「サワナ領主の一人息子だ?」
「ああ。初めまして。ぼくはナルシス・デイ・サワナという。ゆくゆくはアスカの夫となる身だ。以後よろしく頼むよ」
「夫だあ? お嬢ちゃん、こいつと婚約したのか!?」
「んなわけないでしょ。聞き流してちょうだい。じゃあ、行ってくるわ」
ヒクヒクと口元を痙攣させてナルシストをじろりと睨みつけるキッシュを放って、門扉の止める声も聞かず私は謁見の間へと飛び込んだ。
謁見の間には、まるで私が来るのを待ち構えていたようなユリウスとライザーの姿があった。
私が謁見の間に姿を現すと、ライザーは実に嫌そうに顔をしかめて、わざとらしく大きなため息をもらした。
「立花朱鳥。先に許可も得ずに飛び込んでくるとは何事だ」
「黙りなさいライザー。ユリウスに用事があるのよ」
鼻筋にしわを寄せたライザーには一瞥もくれず、わたしは玉座で優雅に足を組むユリウスを見据える。
だけどユリウスはなんの用事か察しているようで、青い瞳には楽しげな色を宿し、口元には薄い笑みを貼りつけた余裕の表情を見せていた。
「まずはどちらの話からだ」
「ザックよ」
「眷属の欠片か。サワナでの話は聞いた。ラーミルからの話によれば襲撃をしてきた野盗とも一戦を交えたそうだな。火事を鎮火した功も大きい。それを考慮すればザックの拘束を解いてやらないこともない。だが条件がある」
「この城に仕えろってことね」
「察しがいいのは相変わらずだな。それを断るのならば行き着く先はひとつだ。そのための説得を其の方に任せよう。それでよいな」
「ええ。だけどザック以外の仲間はどうする気なの」
「他の仲間は単なる野盗だ。法に則って処罰するのみ」
迷うことなく言い放ったユリウスを私は睨みつける。
「ザックたちが戦ってくれた相手は私の命を狙っていたのよ。ヤマトの命もね。私にとっては恩人だわ。その彼らを殺すというの?」
「なんだと?」
途端にユリウスの余裕ぶっていた表情が崩れ、大きく目を見開いて傍にいたライザーを振り返った。
「予はサワナ領主宅に野盗の襲撃があったとしか聞いていないぞ。どういうことだ、ライザー」
「……ラーミルからの報告によれば、どうもアスカ殿とヤマト殿の命を狙う勢力の動きがあったようです。アスカ殿は拉致までされたとも……」
「なぜ今まで黙っていた!」
鉄壁の表情で淡々と話すライザーに、ユリウスは声を荒げる。怒りをはらんだその問いに、ライザーは沈黙で返した。
だけどその時、私は気づいてしまった。
ライザーは言わなかったのではなく、迷っていたのだと。ユリウスに問われてすぐさま答えたのがその証拠だ。隠し通すつもりなら、この場でも話さなかったはず。
じゃあなぜ、迷ったのか。あれだけ巫女を手に入れたがっていたアイゼン国。その巫女の資質を持つ私の一大事。それを知りながら報告をあぐねたその理由。
それは——
「……そういえばサワナにいた時、少しおかしな話を聞いたわ」
不意に、まったく関係のない話題を振った私に、ユリウスは虚をつかれたように目を向けた。
「ヤマトの命が狙われ、ラーミルさんは護衛を立ててヤマトを個室に保護した。だけどその時、護衛に立っていた騎士を倒した人がいたの。彼はそのことを『襲撃に対する実践訓練』だと言ったそうだけど。結果的にヤマトは部屋から逃げて、しばらく行方不明だったんですって。見張りの騎士を倒してヤマトを逃すなんて愚かな騎士よね、そう思わない?」
「……そうだな」
「まずはその愚かな騎士から処分すべきだと思うわ。名前はそう……ルドルフといったかしらね」
一度伏せた視線をすっとあげてユリウスに向ければ、氷のように冷たい瞳と交差する。
そこには微塵にも心の動揺も映さず、感情を殺した石像のようなユリウスの顔があった。
元が綺麗な顔立ちなので、何ものにも揺らがないその風貌には当主としての風格さえ漂う。
だけど、私はこれと同じ顔を一度目にしたことがあった。
そう……調印式の時に。ライザーがありもしない時見の巫女の伝承について朗々と領主たちに語った時だ。
これは「嘘」を悟らせない時のユリウスの顔だ。だから私は気づいてしまった。
ユリウスはなぜルドルフがそのような行動をとったのか、その理由を知っているのだと——




