生き残り
わたし達は手分けして遺体の探索を開始した。
黒く焼け焦げた家屋は脆くなっていて少し触れただけで簡単に崩れ落ちる。
考えれば当然のことだったけど、気づくのが少し遅かった。
いまのわたしは全身煤だらけ。
真っ白だったキャミソールも見事に黒く様変わりしてしまったし、自慢の肌も炭をひっくり返したように真っ黒。
なぜなら不用意に柱に触れてしまったことで雪崩が起き、ガラガラと崩れた家屋の下敷きになってしまったから。
みんな血相を変えて救助してくれたけど、幸運なことに怪我ひとつなかった。
この家屋の造りは木材のみで組み立てられた簡素なもので、現代日本のようにコンクリートや石膏が混じっていない。大方は先の火事で焼け落ちていたし、木材が炭化していたことも大きかったと思う。
ヒイヒイいいながら炭の山から這い出したわたしを腹を抱えて見ていたのはテオ。
ドデカいため息をついたのはヤマト。
そこにはもう、ティーンエイジャーの憧れ、立花朱鳥の姿は見る影もない。
本当にここにきてから散々だわ。こんな姿、絶対に誰にもみせられない。
そんなギャグみたいな事件を機に先行するのはオスカーさんの役目となり、遺体は集落の半ばほどにある広場に集められることになった。
騎士達の動きは目覚ましく、崩れそうな家屋は解体しながら作業を進め、手分けして遺体を運ぶ。てきぱきとした動きはまるで熟練の消防士のようだった。
おかげで予想以上に早く終わりそう。
負けてはいられないとオスカーさんが家の強度を確認しながら入っていく姿を見て、わたしも慎重に後を追おうとした。
だけどそのとき、隣の家屋で何かが動いたような気がしたのだ。
――猫かネズミ? ヤマトでも入って行ったのかしら。そういえばヤマトはどこに行ったの?
ネズミだったら嫌だなあと思いながら隣の家屋をそっとのぞき込む。静まり返ったその家屋は大声をあげただけで崩れ落ちてしまいそうな危うさがあった。
「……ヤマト?」
屋内は暗くてよく見えない。でも確かに何かが動いた気がしたのに……わたしは目を皿のようにしてネズミ一匹見逃すまいと注意深く視線をこらした。
――なんだ。
なんだ、といわれても声は頭の中に響いてくるから場所がわからない。
「どこにいるの?」
独り言のように尋ねると、
――お主の後ろにいる。
「ぎゃあああああああっ!!」
全身を萎縮して思わず叫んでしまった。
「ホラーみたいなことしないでよっ!!」
その時、中からガタッと大きな音がした。
――ずっとお主の後ろにいた。ホラーとはなんなのだ。
バクバクと高鳴る心臓を押さえながら振り返るとヤマトを見つけた。ホラーの説明をしてやりたいところだったけど、いまはそれどころではない。
わたしはすぐに視線を家屋の中へ向き直す。
「ねぇ聞こえたわよね? いまガタッていったわ」
――ああ、ひとがいるな。
「ひとっ!?」
暗闇の中でじっと一点を見据えるヤマトの瞳が大きく見開く。
金色の瞳がギラギラと輝いた。
ひとがいる? 猫目、凄い。
家屋に入る時はオスカーさんが先行する約束だったけど、彼はいま隣の家を探索中だ。
わたしは意を決してヤマトを腕の中に抱え、ぎゅっと力強く抱きしめて家屋へと足を踏み入れた。
この家屋は屋根もあり、壁も崩れていない。太陽は遮られて薄暗く、時折隙間から差し込んだ陽の光がキラキラと埃を反射させていた。荒らされて物が散乱する床を余計な物に触れないように注意深く歩み進める。
「ど、どこらへん?」
――右の隅の方だ。
右、右っと。
倒れた机や転がった鍋、木っ端微塵となった椅子、踏みつけられた食べ物。割れた食器。
それらを避けながら右の方へと進んで行くと、すぐに目的の場所へ辿り着くことができた。
影に溶け込むように、その子はいた。
部屋の角で膝を抱え、うずくまっている。
全身の汚れが酷いからよく目を凝らさないとわからなかった。
暗くてよく見えないけど少年だと思う。
その少年の前に女性の遺体が横たわっていた。
家族……かな。
その光景に胸が痛んだ。
――子供の方はまだ生きているようだな。
「うん……」
少し悩んだ後、わたしはしゃがみ込んで少年を見つめた。
「わたしがお墓を作ってあげる。だから一緒においで」
余計な同情はきっとしない方がいい。そのひとの痛みなど本人にしか分わからないのだから。
「ここのひと達もみんな埋葬してあげる。みんなと一緒に逝かせてあげよう?」
少年は静かに顔を上げてわたしを見つめた。
顔は涙と煤で真っ黒だ。唇は割れて白くかさつき、もう何日も水を飲んでいないんじゃないかと思った。
ひとがひとらしく生きる、わたしの中の当たり前がここでは通用しない。たやすくひとの命は奪われ、失い、傷付く者が残される。この世界ではこんな子供がそれを背負わなければならない。それはとても残酷で悲しい現実。
「おいで。一緒に行こう」
手を差し出してみても、少年はじっとわたしを見つめるだけで手を伸ばさない。
――この遺体のせいかな。
置いていきたくないのかもしれない。
それなら遺体を運ぶのが先かな。
「ヤマト、オスカーさん呼んできて」
ヤマトを下ろすと何も言わずにスタスタと出て行った。
わたしはじっと少年を見つめる。
手足なんて全部細さが同じ。子供らしい丸みなんてどこにもなくて、破けた服の首元から鎖骨がくっきりと浮き出ている。飢えという文字がこの子の体に刻まれているようにみえた。
「このひと家族なの? お母さん?」
わたしは唇に挟まった髪の毛を指先で取り除いてあげた。
彼女には火傷の痕がほとんどない。
土埃りで所々が汚れているけど顔立ちは見てとれる。
すっとした鼻梁に綺麗な眉。睫毛が長くて眠る姿も綺麗なひとだった。
「姉貴……」
ボソッと聞こえた声に少し嬉しくなる。
「そう、お姉さん。綺麗なひとね」
少年の目から静かに涙が溢れた。
つらいだろうな。
家族が殺されるなんてニュースやドラマでしかみたことがない。遠い現実だったものが目の前にあって、わたしはまた言葉を失った。
「アスカ。いるのか」
入り口からオスカーさんが呼びかける。
「中にひとがいます。あと遺体も」
ヤマトの案内でオスカーさんがやってきた。少年とお姉さんの遺体を目にして、彼の眉間のしわが深まる。そこにはやるせない苦悩が浮かび上がっていた。
「よく頑張ったな。ご家族の遺体はわたしたちが丁重に埋葬する。手伝ってくれるな?」
膝を折ったオスカーさんが少年のあたまに手を乗せて優しく言葉を紡げば、少年はこくりとうなずいた。ホッと安堵しながら、わたしは少年に手を伸ばす。
「行こう」
遠慮がちに取ってくれたか細い手を握りしめ、わたしはゆっくりと少年の歩幅に合わせて家を出た。
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