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神殿

「おいっ、アスカ! どこ行くんだよ!」



 医療班が寄宿舎に駆けつけ、必死に意識不明の原因を探っていた最中、不意にアスカは目を覚ました。



 原因不明だったものの、その場にいた誰もが彼女の目覚めに安堵のため息をついた。



 だが——



 様子が違う。いち早くそれに気がついたのは、オスカーやテオ。そしてザックだった。



 瞳の色が紫がかっていたのだ。それだけではない。風もないのに髪の毛がゆらゆらとなびき、いくら声をかけても反応を示さない。



 そして何よりも、ヤマトが毛を逆立ててアスカを睨みつけ、うなり声をあげたのだ。



 それにはアスカとヤマトの関係性を知る全ての者が驚きに目を見張った。



 目覚めたアスカは制止の声も聞かず、ベッドを起き上がると外へ出て遠くの空を見つめ、うわ言のように「行かねばならぬ」と何度も小さく繰り返し、ふと目標を定めたように動き出したのだ。



 成り行きのまま、野盗までもがアスカの後を追いかけていたが、その中でザックは無言でアスカを睨みつける。



 ザックには聞こえたからだ。アスカが目覚めた時、ヤマトの怒鳴り声が。




『いくら契約を交わしたとはいえ、勝手は許さぬぞシュナンツェ!』




 竫浄の神シュナンツェ。集落の墓場でアスカと契約した神だ。ザックにはアスカとシュナンツェの姿が時折二重にブレて見える。



 ヤマトの怒鳴り声でアスカの身体がシュナンツェに乗っ取られたのだと瞬時に悟ったザックは、すぐさま押し留めようとした。



 だがシュナンツェは答えた。声にならぬ声で。それはヤマトと恩恵を持つザックにしか聞こえないものだった。



『悪いようには致しませぬ。ただ、この場で竫浄の神としてやらねばならぬことがあるのです。どうか、それまでお許しくださいませ』



 そしてこう付け足したのだ。『神殿へ参らねばなりませぬ』と。



 それを聞いたヤマトが何かを悟り、了承したのだ。だがらザックは黙って様子を見ることにした。



 ヤマトがアスカを危険な目に合わせるはずがない。そのことは痛いほどよく知っている。



 だが結果的にアスカに危険が及ばないとしても、本人の意思に関係なく身体を好き勝手に動かしているシュナンツェにザックは腹を立てていた。



「これじゃあ、守りたくても守れねえじゃねぇか」



 アスカの後ろ姿を睨みながら鼻面はなつらにシワを寄せて吐き捨てると、野盗の一人が声を上げた。



「あれっ? なんか見えてきやしたぜ、おかしら」


「ああっ!?」


「なんかご機嫌ななめっすね。ほら、あれですよ」



 仲間が指差した方向に目を向けると、そこには見上げるほどに高い扉と横一直線にそびえ立つ城壁が姿を現していた。



「なんだよ、ありゃあ。ここにはもう一つ城があんのか」


「違う……なぜアスカがあの場所を知っているんだ」



 驚愕の表情を浮かべて返事を返したのはオスカーだった。



「あれは神殿だ」


「神殿?」


「扉が開いている……」



 間も無くして神殿の入り口へとたどり着いたアスカは、そこで足を止めるとちゅうを見上げた。



「アイゼン神の力がここまで弱まるとは。この神殿を護るのが精一杯だったようですね。これでは『祭壇』が使えませぬ」



 眉を曇らせて呟くと、すっと視線を正面に戻して変わらぬ表情でアスカは神殿へと足を踏み入れる。



 オスカーやテオを含む騎士団は、なんの障害もなくアスカが神殿内部に足を踏み入れたことに驚きつつも、あわてて後を追った。



 長年閉ざされていた神殿。その内部に足を踏み入れれることは、彼らに躊躇と動揺、そして言われの無い畏怖の念さえ抱かせる。



 だが、そんな事情など素知らぬザックや野盗達は、がやがやと賑やかに中へ踏み込み、ミカンやトキはそそくさとアスカの後ろに付き従う。



 騎士達が恐る恐る足を踏み入れた神殿内部には、信じられぬ光景が広がっていた。



 扉から真っ直ぐに伸びた幅の広い通路を挟み、両脇には大豆畑と稲穂が綺麗に分けられた田園が広がっており、さらに進んだ先には数種類の肥太った家畜があちらこちらを悠々と歩き回るのどかな光景が広がる。



 その先には様々な青々とした葉を揺す野菜畑があり、さらには寄宿舎のような建物が何軒か見受けられた。



「信じられん……」


「これが神殿……ユーラ城の敷地とほぼ同じじゃないですか」



 アスカの後を追いながら、神殿内部を見渡すオスカーやテオは呆然として言葉を重ねる。



「長年、人の出入りはなかったはずだが、いったいどうやって田畑や家畜を育てたのだ」


「なんだよあの豚。俺、あんなに丸々肥えた豚、初めて見た」



 まるで観光行列のように、あちこち指差しながら目を輝かせる野盗や、驚きに目を丸くする騎士の先頭に立つアスカは、周囲にはいちべつもくれずにただ歩みを進める。



 そうしてたどり着いたのは、高台にある円形状の舞台だった。両脇には舞台へ続く、緩やかな弧を描いた白亜の階段がある。



「巫女様、ここに用事がおありなのですか?」


「そうだ。ここでやらねばならぬことがある」



 ためらいもなく階段へ足をかけるアスカにミカンは不安げに眉を曇らせる。



「アスカ、話し方がおかしいよ。なんか変じゃない?」


「そうですね……普段の巫女様とは違う感じがします」



 姿はアスカそのものだが、どこか虚ろな目をした感情を映さない顔や、普段と違う話し口調はミカンやトキが知るものではない。



 アスカと常に行動を共にしていた二人が不安を覚えるのは無理もなかったが、それでも何も言わずに付き従うのは、ヤマトに判断を委ねていたからだ。



 ヤマトは『導く者』。唯一無二のその存在が大人しくアスカに付き従っているのだ。

 それならばきっと大丈夫。二人はそう信じていた。



「ここがどこかは分かりませんが、ユーラ城の敷地内に違いはないのです。きっと大丈夫ですよ」


「うん」



 階段を登りきると、舞台の全貌が明らかになる。



「これは……」



 円形状の舞台には複雑な紋様が描かれおり、薄らとだが青白い光が浮かび上がっていた。



 その紋様を目にしたミカンは驚いたように声をもらす。後に続いて舞台に上がったオスカーもそれを目にした途端に眉根を寄せた。二人ともその紋様に見覚えがあったからだ。



 それはユーラ城内部に点在する転移陣に描かれているものと酷似している。だが大きさもその紋様の複雑さもその比ではない。



「なぜここに……」



 ぽつりと呟いたオスカーが信じられない思いで転移陣を見つめていると、正面から大勢の足音が近付いてくるのが耳に入る。



 顔をあげて視線を移せば、ユリウスとラーミルが数名の騎士を伴って駆けつけて来る所だった。



 だがアスカは彼らにも反応を示さず、舞台の真ん中へと歩み出る。突如として疾風が巻き起こりアスカを包み込んだかと思えば、その手にの中に銀色の杖が現れた。



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