異変
「戻って来たわね……」
途中でザックのアジトを解体した一行は、ついにユーラの関所へと到着した。そこで恒例のおトイレを拝借し、ついでにトイレの神様に手を合わせて、再び馬に乗り込む。
真昼間だというのに相変わらず人通りが少ないユーラの光景に、どこか懐かしさを覚える。
「ここがユーラ……首都というわりに、サワナより活気がないじゃないか」
馬車から街並みを見渡すナルシストは少し眉をしかめてガッカリしたように肩を落とした。
「だから期待するなって言ったじゃないの」
「まさかこれほど廃れているなんて思いもしなかったよ。いっそのこと、首都をサワナに移転すれば良いと思わないかい、アスカ」
「おいっ! 不敬だぞ、ナルシス……様」
私と肩を並べて馬を走らせるテオが、目をつり上げてナルシストに噛みつくと、ナルシストはやれやれといったように肩をすくめた。
まあ、ナルシストがそう言いたくなる気持ちは分からなくもない。サワナは明らかにユーラよりも活気があり経済力も上回っている。
ただし、国の中枢機関を置く場所や当主の血筋やら「神域」やらの問題がある以上は、首都移転は現実的じゃない。
ギスギスした二人の空気にため息をもらし、私は違う話題を振ることにした。
「私、ナルシストに聞きたいことがあったのよ」
「なんだいハニー。君のためなら、僕が知り得る限り、なんでも答えてみせるよ」
「じゃあ、サワナの大豆と味噌は誰が作ったの?」
「大豆は時見の巫女様が持ち寄られ、育てられた。けれど、味噌については実のところ国民の知識は間違っているんだよ。味噌は時見の巫女様の従者がサワナの職人に伝授したものなんだ」
「えっ、そうなのかよ」
それにはテオも怒りを忘れて驚きの声をあげる。
じゃあ、やっぱりキッシュが言ってたことは本当だったんだわ。いったいその従者は何者なのよ。
「じゃあ、豆腐は?」
「豆腐もその従者が教えたと聞いているね」
「その作り方は時見の巫女様に聞いたのかしら」
「時見の巫女様はその居住をユーラに置いていたけれど、何度か里帰りを繰り返して稲やら大豆を持って来たんだ。残念ながら米の方は土地に合わなかったらしくて、ほとんど枯れてしまったけどね。従者は時見の巫女様と同郷の出で、作り方も知っていたらしいよ。実際にサワナに来て大豆を植え、味噌と豆腐を作ったのはその従者だからね」
「なんですって!?」
私は驚きのあまり、手綱を握る手に力を込めてしまった。馬がピタリと足を止め、ナルシストの馬車が横を通り過ぎる。
「里帰りって……元の世界とこちらを行き来してたってこと?」
__にわかには信じられぬな。その従者とやら、何者なのか……
馬の背に寝そべっていたヤマトがむくりと起き上がる。
「従者? 世界を渡るのは神の力なんでしょう? 巫女の力で行き来したってことじゃないの?」
__あの男は申しておったであろう。従者も巫女と同郷であったと。ならば二人で異世界を渡ってきたと考えるのが筋というものだ。巫女がこの世界に呼ばれるのは道理にかなっているが、従者は別だ。
「あっ、そうよね……じゃあ従者が神だったとか……?」
__大豆を植え、味噌と豆腐を作る神とやらがおるのであればな。
「大豆の神……とか?」
__そのような神はおらぬ
「ですよね」
時見の巫女と従者。その二人が同時に異世界を渡る。時見の巫女は私と同じルーツでこの世界に呼ばれたとして、従者はいったいどうやったんだろう。
元々こちらの人間で、巫女を呼びに行った?
でもそんなことは神にしかできないし、大豆の神はいない……そもそも神が巫女を呼びに行くのがおかしいじゃないの。
それが可能なら、アイゼンに六百年も巫女がいないのは筋が通らないわ。異世界から簡単に連れて行けるなら、さっさとそうすればいーのだし。
結局、謎は深まるばかりだ。
「アスカ殿……! アスカ殿ではありませんかっ!?」
「え? あ。豆腐屋のお爺ちゃんじゃない! 元気そうで良かったわ。ただいま!」
「よくご無事で!!」
難しい顔をして思案にふけっていた私の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
つられて顔をあげれば、豆腐屋の爺ちゃんが入り口をガラリと開けて、一行をキョロキョロと見渡して私を見つけると転がるように駆けてきた。
「道中お変わりはありませんでしたかの!?」
「うーん……まあ、色々あったけど無事よ。サワナでの挨拶も宣伝もきちんとしてきたし」
「そうですか。それは良かった! それと……そ、そちらがヤマト殿ですかの?」
豆腐屋の爺ちゃんは私の股の間で寝そべるヤマトに目を向ける。
あれ? 豆腐屋の爺ちゃん、ヤマトに興味なんかあったのかな? 何度も豆腐屋には行ったけど、ヤマトに興味持った素振りなんか見せたことなかったのに。
ヤマトはチラリと豆腐屋の爺ちゃんに目を向ける。
__何用か。
と、言ったところで聞こえるはずもなく。
「そう。この猫がヤマトです。何かあったの?」
「いっ、いや。ヤマト殿も無事で良かったですな!」
「ん?」
「いやいや。皆様無事でお帰りになられて本当に良かった。ミズノ様もロウェル様もさぞやお喜びになられるでしょう」
「はーっ、帰ったらまた勉強だわ」
「そう言われますな。その……承認されるのに、必要な勉強ですからの」
「まっそーね。また頑張るわ。爺ちゃん、またね!」
爺ちゃんに笑顔を向けて軽く手を振り、一行から置き去りにされていた私はあわてて後を追う。その私の後ろ姿を豆腐屋の爺ちゃんが涙ぐみながら見守っていたとは、知る由もなかった。
そして寂れた城下町を抜けて再び私はあの門柱の前に一行と並び立つ。
ラーミルさんが門番に手渡したクリスタルに門柱が反応し、柱が輝く。ほんの三週間程度しか離れていないのに、この光景すら懐かしい。
ザックを含む野盗が驚きながら門をくぐる様子を見ながら、私も後に続く。帰ったら、今度こそおから料理とお好み焼き屋さんの出店準備をしなければ。
ナットたちの方は上手くやってるかしら。どの辺に店を出そうかな、などと考えながら門をくぐったその瞬間。
ぐらんと視界が揺れた。
「んっ……!?」
門をくぐる時、確かに軽い違和感はある。一瞬だけ水の中をもぐったような、そんな違和感が。だけど、これは……そんなものではない。
頭全体を揺さぶられたかのような衝撃。目の前の光景が何重にも揺らいでかすみ、いつまでも落ち着かない。酔ったようなその感覚に思わず吐き気をもよおし、口を抑えた私の耳に、ごごごごごご……という地鳴りが聞こえた。
地面が大きく左右に揺り動き、驚いた馬のいななきが次々と鳴り響く。だけど、私はそれどころじゃなかった。
気持ち悪い……っ!
「アスカっ……!?」
私を振り返ったオスカーさんとテオの叫び声が同時に聞こえて、それを最後に私の意識はぷつりと途絶えた。




