空に舞う華
__本当によいのか?
真っ直ぐにシュナンツェを捉えたまま歩みを進めるヤマトが問いかける。私はヤマトの背中に視線を落とし、首をかしげた。
「なぜ急にそんなことを聞くの?」
__精霊の恩恵とは違い、神々との直接的な契約はお主の魂に影響を及ぼす。決して後戻りはできぬぞ。
「魂に影響って何よ。別に死んだりしないんでしょう?」
__そのようなことはない。だが、心しておくことだ。お主は人でありながら、神々の魂と結びつくのだということをな。まさか、シュナンツェが自ら出てくるとは我も想定外であった。
「それってどーゆー……」
神々の魂と結びつく。ヤマトの声色から警告を促されてる気がするけれど、魂なんて目には見えないし、いまいち危機感がわかない。
そりゃ自分のことを神様レーダーだと言っていたヤマトが、自分で探す前に本物の神様が現れれば驚いただろうけど、そもそも私からしてみれば神が出現するタイミングも要因もまったく分からないのだ。
目の前に現れたら「初めまして、こんにちは」ってくらいなものだ。想定外というならこの世界がそうなのだし。
何を今さら……と呆れを混じえたため息を小さくもらした時だった。不意に突風が地をはって吹き抜けた。
思わず手で目元をかばって空を見上げると、天に浮かび上がるシュナンツェが音もなく徐々に高度を下げ、地に降り立つところだった。
墳墓の前に降り立ったシュナンツェは、手首のブレスレットをシャラリと鳴らして銀の杖を前に突き出し、トンッと地を打ち鳴らした。
そして再び、あの蜜のような滑らかさをもつ声音が空気に乗って私の耳に届く。
『立花朱鳥。神々より定められし運命の子よ。今ここに妾の魂を以て契りを果たさん。さあ、契りの言霊を』
シュナンツェの言葉が終わると同時に、杖の先端を中心に円を描くように地から黒煙が舞い上がり、杖全体を螺旋を描きながら包み込む。
彼女がそっと目を閉じれば、身にまとう漆黒の衣の裾がゆらゆらとはためき、足首に届くほどの長い銀髪が背中の方へ波打つようになびいた。
どこからともなく聴こえるその声は、私の頭の中でヤマトの声と重なって優しくささやく。
その声に誘われ、徐々に遠のき出す意識の中、白昼夢でも見ているようなふわふわした感覚に襲われて、頭の片隅からするりと何かが抜け落ち、頭の中は空っぽになる。
その感覚にただ身を任せ、眠りに落ちるように私は目を閉じる。
けれど私の唇はまるで何かに操られるように、脳裏に響く言霊を一語一句違わず紡ぎ出す。
『永劫の時より来たりし幾千の神々よ
我が魂に宿る総てのもの達よ
御身に祈り捧げることを赦し給え
我が声に応え給え
悠久の時より
有限の時の果てに見護りし導く者
竫浄の神シュナンツェ・エル・リベラル
今此処に御身の御力を我に与え賜らん』
途端にシュナンツェの杖から離れた黒煙が私の身体に向かって巻きつき始める。
意識が麻痺しているせいか、怖くはない。
私を中心に突風が巻き起こり、髪の毛は真上に舞い上がる。黒煙が徐々に胸元に収束し、最後に眩い光を放ってパリンッと甲高い音を響かせた。
『竫浄の神シュナンツェ・エル・リベラルが魂と言霊を以てこの者との繋がりを果たさん。時の狭間、悠久の時、永劫の流れをこの者の魂と共にあることを幾千の神々の名のもと、ここに誓う』
私の言霊にシュナンツェが応じ、それに反応したように胸元の輝きが首元に向けて光の手を伸ばし始める。
首の後ろで繋がったその光は、役目を終えたように徐々に輝きを弱め、最後には静かに消え失せた。
ふっと目を覚まし、胸元に手を伸ばしてみれば、そこには漆黒の輝きを放つペンダントが出来上がっていた。
『それは妾の力の化身。肌身離さず持つとよいでしょう。だがアスカよ。これで終わりではありません。妾の言霊に続きなさい』
シュナンツェの口元に薄い笑みが浮かび上がり、ゆるりとその背中を私に向ける。シュナンツェの瞳が捉えたのは墳墓だ。
シュナンツェが杖を掲げて両腕を天に差し伸ばし、シュナンツェは歌うように言霊を紡ぎ始める。私は少し遅れて言葉を追った。
輪唱する私たちの声が風に乗り、波紋のように廃墟と化した集落の隅々へと響き渡る。
『神々より生まれ賜うた数多の命よ
我、此処に眠り願う
痛みを風に乗せよ
恨みを海へと委ねよ
全ての喜びをその身に携え
我、此処に全ての魂を天へと導かん』
魂を導く言霊に乗ってザァッ…と音を立てて風が空へと舞い上がる。その下で、黒煙から解き放たれた墳墓から、ぽつりぽつりと小さな光が浮かび上がった。
それは淡い桃色の光。暗黒の空の下、次々と宙に浮かび上がる無数の光に、見る者は魅力され思わず感嘆のため息をもらす。
「綺麗……」
__あれは人の命を繋ぐ源の光。決して色褪せず、絶えることのないもの。人はあれを霊魂と呼ぶ。
天を仰ぐ私の私の足元にヤマトがすり寄り、金色の瞳を空へと向ける。それは夜空に咲く桜のように美しい光景だった。
「姉貴……っ!!」
夢心地で空を見上げていた私は、背後から聞こえた叫び声にはっと我に返る。
振り返ってみれば、トキがテオの腕を振り切り、泣きながら駆け出してきていた。
「待って、待ってよ!」
「トキ……」
「俺っ、姉貴に言いたいことがあるんだ!」
トキは私の横を駆け抜けて墳墓の前に膝をつき、ぼろぼろと涙を流しながら空に舞う無数の光を見上げる。
「俺、いま幸せだよ! テオから武芸も習ってるし、アスカのおかげで勉強もさせてもらってる! ご飯も毎日食べれてる! 俺は強くなる。いつか、姉貴が自慢できるような立派な男になる! だから姉貴……だからっ……」
膝の上でかたく手を握りしめ、トキは言葉に詰まったようにうつむいて、ぎゅっと目を閉じた。ぼたぼたと零れる涙がひざに染みをつくる。
歯を食いしばって目を開き、トキは再び天を仰ぎ見る。そして、すうっと大きく息を吸って無数の光に向かって叫んだ。
「今まで育ててくれてありがとうっ!」
トキの顔に笑顔が浮かぶ。それは心からの笑顔だった。涙を流しながらも天に向かって笑みを浮かべるトキは、とても堂々として幸せそうで、出会った頃の弱々しさなんて微塵も感じられない。
男の子っていうのは、いつ成長するのだろう。いつの間にこんなに逞しく、強い子になったんだろう。
だけど、お姉さんはずっとそんなトキを見守っていたはずだ。そしてきっとこの先も見守ってくれる。
私はトキのそばに歩み寄り、そっと肩に手を乗せた。震えるトキの手が私の手に重なり、キュッと握りしめる。
互いの手の温かさを感じながら、空に舞い上がる無数の花が闇の中に消えるまで、私たちはずっと空を見上げていた——
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