神との取り引き
「ち……力って、その霊魂を神様に還すっていう? シュナンツェさんの代わりに私にそれを行えっていうんですか?」
『そうです。この地には行き場を失くした霊魂が数多く存在しています。それはとても嘆かわしいこと。そなたと妾の力があれば、その多くの霊魂を還すことも可能となるでしょう。この地が浄化されれば、多くの楔から解き放たれるというもの。それはいずれそなたの助けにもなるはず』
いやいや待ってよ。そんなのシュナンツェがやればいいじゃないの……そのための神様でしょう。
「で、でもどうして私に……」
『そなたが巫女の器であるゆえ。すでにいくつかの精霊をその身に宿しているようですが、まだ足りぬ。妾の力を用いてこの世界に活力と均衡を。さすればいずこの神々もこの地に舞い降りぬやもしれません」
ん!?
「ヤマト、解説」
私の足りない頭ではシュナンツェの言いたいことが理解できない。こういう時は頼みのお猫様、ヤマトの出番である。
__神々というものは、己の存在意義のため多くの恩恵が集う場所を好むものだ。それが高位のものであればあるほどな。シュナンツェはそのために己の恩恵を授けると申し出ておるのだ。ただし、そのためにはこの地の霊魂を還す手伝いをせねばならぬということよ。
つまりは交換条件だ。
シュナンツェの恩恵がどのような影響を及ぼすのかは分からない。けれど、いつかヤマトが語った言葉を思い出す。
『この世界に存在する神々は全て、その力の源を常にその身に宿さねばならぬ』
もし、シュナンツェのもつ恩恵による影響の変化を存在に必要とする神がいるのなら、その恩恵を餌に他の神が現れる可能性がある……
そのために、除霊のお手伝いをしろということね。
悪い話じゃない。目的の高位神がすぐに現れるとは思わないけれど、神様があちらから来てくれるのなら探す手間も省けるというもの。
可能性はいくらでも広げておいた方がいい。ならば。
私は心を決めてシュナンツェを真っ直ぐに見上げる。
「いくつか条件があるわ」
__愚か者が。神々に条件を提示するとはなにごとか。
ヤマトが金色の瞳をギラリと輝かせて私を睨みつけ非難の声をあげる。
うるさい。なんと言われようが、ただで引き受ける訳にはいかないのだ。
『……よいのです。巫女の器よ。申してみよ』
ヤマトを睨み返し、ふんっと顔をそむけた私をシュナンツェは面白そうに頬を緩めて見つめた。
「では。まず第一に、除霊のお手伝いはしますが、絶対に悪霊やその他の霊を私に憑けないこと。第二に、除霊に伴う必要物品の販売の許可を。第三に、除霊に伴い希望者から心付を頂くことを了承下さい」
『霊魂を還すには、妾の力があれば済むことなのではありませぬか?』
「いいえ。魂を浄化するといっても目に見えないものでしょう? 故人を嘆き尊び、祖先として崇める。それが人というものです。そのためには、その人がいた証を形として残す必要があります。そう、この墳墓のように」
『お墓参り……と申しておりましたね』
「そうです。故人をしのび、命日にお参りをする。それこそが故人を尊び、残された者の役目です。そうすれば霊魂と化した故人もあの世で喜ぶのではないでしょうか」
霊魂を浄化する専門家に霊魂について語るなんて笑い草だ。私の額に冷や汗が流れる。
霊魂が喜ぶ? 真実なんて知るはずがない。
全て夏のホラー特集で身につけた知識だ。あの霊媒師が適当なことを言っていたなら、ここで全て終わる。
だけどこれは一大事業が成功するかどうかの瀬戸際。トキのお姉さん、私に力を!
「それはこの世界には馴染みのない事柄なのかもしれません。しかし異世界から私がこの地に訪れたのもまた何かの縁。私の世界の良き風習をぜひシュナンツェ様のお力添えを頂き、この世界にも広めたいと心より願っております。そうすれば民の心も大いに癒されることになるでしょう」
『霊魂は死して肉体を離れてなお、生き続けるもの。その霊魂に向けて祈りを捧げるということに、妾が異を唱えましょうか。此度の巫女はなんと崇高な女人なのか。良いでしょう。その条件、妾の魂にかけてここに承諾するものとする』
シュナンツェが柔らかな笑みを向ける。それに対し、私はガッツポーズをこらえ、霊媒師と夏のホラー特番に感謝しながら、ニマニマ顔を引き締めるのに意識を集中する。
だが、不意にシュナンツェの紫水晶の瞳がすっと細められ、氷のような冷たさを宿して私を見据えた。
『ただし。あまりに多額の金銭を求めぬこと。民を苦しめることがあれば、そなたに災いが転じると覚悟せよ』
最後に特大の脅しをくらって、背中に大量の冷や汗をかきながら必死にうなずきを繰り返す私に、シュナンツェはふたたび柔らかな微笑を向ける。
普段は優しそうだけどきっと怒らせたらめちゃくちゃ怖い人だ、この人。気をつけよう……怒らせたら呪われるかもしれない。
『シュナンツェ取扱説明書
その① 決して怒らせない(呪いの可能性あり)』
私は心の中にそのメモを刻み込んだ。
『では、妾と契約を。他の者らは下がれ。魂が引きずりこまれても知らぬぞ』
騎士たちに視線を向けるシュナンツェの口調から柔らかさが消え失せ、途端に肝が冷える冷たさをまとう。
それはヤマトが怒った時に発する声音とよく似ているものだった。
「「うわあああっ!!」」
シュナンツェの紫の瞳に睨まれて再び現実に引き戻された騎士や野盗は、顔を真っ青にして転がるように逃げ始める。
だけど、誰もが逃げまどうそのさなか、私の目の前に三人が歩み寄る。ザック、オスカーさん、テオの三人だ。
三人共、肩を並べて黙りこくり、不安そうな色を宿した視線を私に向ける。それを見て私の口元にくすりとした笑みがもれる。
「私は大丈夫ですよ。ヤマトもいるし。協力するってシュナンツェが言ってるんですから、三人共離れていて下さい。みんなに何かあったら、私が困るから」
「だが……」
「大丈夫です。私を信じて下さい」
一番不安の色が濃いオスカーさんに、私は満面の笑みを向ける。そりゃ魂が引きずりこまれるって言われたら怖いし、神様と契約なんてしたことないから不安だけど、きっと大丈夫。
ギュッとオスカーさんの手を握りしめると、オスカーさんの眉根にこれ以上ないほど深いしわが刻まれる。
「必ず無事でいるんだ。約束できるか」
「もちろんです」
そんな顔をしないで欲しいのに。オスカーさんは笑ってる顔が一番素敵だ。
「すぐ終わらせますよ」
そして私はシュナンツェに向き直る。足元には黒猫が一匹。ゆっくりと歩み出すヤマトの後に続いて、私も歩みを進めた。




